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野分(のわき)

雑記である二百十日の頃、野の草を吹き分ける強い風を、古来から「野分」と呼んでいました。この言葉は、「8月のある日、激しい野分(台風)が都を吹き荒れた。」の文で始まる、『源氏物語』の第28帖の巻名にも使用されています。これが、後に、台風と同義語となっていきます。

台風の語源は、諸説ありますが、英語では「typhoon」と言いい、日本語も英語も発音があまり変わらないので、この英語が語源であると思っている人がいますが、実は逆で、typhoonの語源が、アラビア語で「嵐」を意味する「tufan(ツーファン)」であり、これが中国語で「颱風(タイファン)」になり、それがそのまま日本では「台風(タイフウ)」、英語では「typhoon(タイフーン)」になったという説が有力です。

さて、この台風が多く来る日と言われる「二百十日」とは、立春の日(新暦2月4日)から数えて二百九日目をいい、新暦の9月1日前後を指しており、季節の移り変わりの目安となる「季節点」のひとつとされ、台風が来て天気が荒れやすいと言われており、八朔(旧暦8月1日)や二百二十日とともに、農家の三大厄日とされています。

但し、台風の発生・上陸が多いのは、8月ではありますが、この二百十日から二百二十日の間は、台風の特異日(台風上陸の確率が高い日)となっています。

気象庁の資料から作成

事実、昭和の三大台風(室戸、枕崎、伊勢湾台風)の全ては、この二百十日から二百二十日の範囲に発生しています。
また、平成に入って死者40人以上を出している台風も、約半数がこの範囲の時期に発生しています。

ではまず、「台風とは」から書き始めたいと思います。

台風とは

気象庁の定義では、熱帯の海上で発生する低気圧(熱帯低気圧)が、北西太平洋(赤道より北で東経180度より西の領域)または南シナ海で発生し、なおかつ低気圧域内の最大風速(10分間平均)がおよそ17 m/s(34ノット、風力8)以上のものを「台風」と呼ぶそうです。

台風の呼び名

台風には従来、米国が英語名(人名)を付けていましたが、平成12年(2000年)から、北西太平洋または南シナ海で発生する台風防災に関する各国の政府間組織である台風委員会(日本含む14カ国等が加盟)は、北西太平洋または南シナ海の領域で発生する台風には、同領域に共通のアジア名として、同領域内で用いられている固有の名前(加盟国などが提案した名前)を付けることになりました。これは、カンボジアが提案したダムレイ(象)から始まり全部で140種類あり、発生順序ごとにこの名前を使用しています。

今回、日本に接近し上陸すると予想されている台風10号は、このリストの第18番目の香港が提案したサンサン(少女の名前)が命名されています。
次の台風11号が、発生した場合は、リストの第19番目の日本が提案した「ヤギ」と名付けられる予定です。

台風は、春先は低緯度で発生し、西に進んでフィリピン方面に向かいますが、夏になると発生する緯度が高くなり、上図のように太平洋高気圧の縁に沿って日本に向かって北上する台風が多くなります。8月は発生数では年間で一番多い月ですが、台風を流す上空の風(偏西風)がまだ弱いために台風は不安定な経路をとることが多く、9月以降になると、大陸からのモンゴル高気圧に押され、太平洋高気圧が弱まり、東寄りのコースを取るようになり、南海上から放物線を描くように日本付近を通るようになります。

この時に、陸地を通らず、かつ、日本近海の海水温が高い場合には、台風は勢力を増します。過去に日本に大きな災害をもたらした台風の多くは9月に、海水温が高い状態の太平洋上から直接上陸する経路をとり、大きな被害が発生しています。

台風の特性(風、雨、高潮)

台風の構造は、概ね、上の図のようになっています。前後に降雨帯を持ち、暴風雨圏のやや左側に偏向した場所に台風の目があります。(台風の規模が小さい場合には台風の目は無い場合もあります。)

その台風の目に向かって、地球が自転している為に「コリオリの力」が働き、反時計方向に渦を巻くように風が吹いています。(北半球では、反時計方向、南半球では、時計方向となります。)


通常、進行方向の右側の風は、台風本体の風速に台風の進行速度が加わります。一方、左側の風は、台風本体の風速が進行速度により打ち消されます。従って、台風の中心が、左側に来るよりも、右側に来たほうが台風の風は弱まります。大きな台風が、近くを通過しても、台風が、ある地点の右側を通過した場合には、雨も風も思ったほど無い場合もあります。

ただし、これは、平地での話であり、起伏のある地形や盆地では、思わぬ風が吹くことがあるので注意が必要です。

次に、意外と台風の風や雨に気を取られて、見逃してしまうのが高潮です。
台風による被害は、主に雨や風ですが、この高潮の被害も海沿いの地域では、大きな被害を出す場合があります。

例えば、平成30年(2018年)9月に四国や近畿地方を中心に暴風や高潮等による被害をもたらした台風第21号では、兵庫に台風が上陸しましたが、この時に大阪港での潮位が、277cm上昇という記録が残っています。
また、平成16年(2004年)台風第16号では、香川県では床上8,393棟、床下13,424棟、岡山県では床上5,696棟、床下5,084棟、広島県では床上1,386棟、床下6,139棟の浸水被害が発生しています。

この台風による潮位上昇には、「吹き寄せ効果」「吸い上げ効果」が関係しています。

「吹き寄せ効果」とは、台風や低気圧に伴う強い風が沖から海岸に向かって吹くと、海水は海岸に吹き寄せられ、海岸付近の海面が上昇する現象をいいます。
また、「吸い上げ効果」とは、台風や低気圧の中心では気圧が周辺より低いため、中心付近の空気が海水を吸い上げるように作用する結果、海面が上昇する現象をいいますが、気圧が1ヘクトパスカル(hPa)下がると、潮位は約1センチメートル上昇すると言われています。 例えば、それまで1000ヘクトパスカルだったところへ中心気圧950ヘクトパスカルの台風が来れば、台風の中心付近では海面は約50センチメートル高くなり、そのまわりでも気圧に応じて海面は高くなります。

これに、大潮などの海面上昇が加わると、思わぬ水害を引き起こしてしまいますので、海岸部では雨と風と同様に潮位にも関心を持つ必要があります。

台風情報の種類と表現方法

台風情報でよく見るのが、台風経路図(実況と5日先までの予報)です。この台風経路図には、中心位置、進行方向・速度、中心気圧、最大風速、最大瞬間風速、暴風域、強風域が書かれています。

また、予報円(70%の確率で台風の中心が通る可能性のある地域)で書かれいるのが、台風経路予想図です。又、赤い線で書かれた中が、暴風警戒域と呼ばれるものです。

台風経路図(実況と5日先までの予報)は、気象庁では、台風の実況(現在の位置や強さ等)を3時間ごとに発表されています。また、此れとは別に、台風の進路や勢力を図示されたものは、アメリカ海軍の「joint Typhoon center(JTWC)」や「欧州中期予報センター(ECMWF)」でも、見ることが出来ます。

精度的には、短期間(1日~2日)であれば気象庁モデルが一番正確であると思いますが、長期の予測においては、「joint Typhoon center(JTWC)」が精度的には優れているのではと思います。
また、「欧州中期予報センター(ECMWF)」では、1週間先も予測しており、精度的にも気象庁やアメリカ海軍と遜色のないものとなっています。

気象庁、アメリカ海軍、欧州中期予報センター(ECMWF)の台風進路予測が、異なる場合も多いのですが、これは採用している気象モデル(計算方法)とスーパーコンピュータ等の解析結果の評価の仕方が違うために起こります。

気象庁では、世界最高演算能力を有するスパコン「富岳」で予測していますが、最終的には予報官のカン(評価)により予測が決定されるそうで、意外とアナログなシステムであると言われています。

これに関して面白いエピソードがあります。

希望的予測が多く(韓国の国民から)予報の信頼性には疑問が持たれていた韓国の気象庁が、日本の気象庁、アメリカ海軍、欧州中期予報センターの出した台風経路予測が外れたのに、唯一、ピタリと当てたという珍事(?)が起こっています。
これがまぐれなのか、はたまた科学的な根拠があったのかは、予測内容を詳しくは公表されていませんので全ては闇の中です。

また、近づいてくる台風に関する情報は、気象庁本庁が発表する「台風に関する気象情報(全般台風情報)」があり、台風の実況と予想などを示した「位置情報」と防災上の注意事項などを示した「総合情報」を見ることが出来ます。

「総合情報」は必要に応じて図形式の情報で示すことがあります。防災上重要なポイントである、危険度の高まる地域や時間帯等を、バーチャート等の図で分かりやすく示しており、避難の要不要や避難の時期を決めるのに必要な情報を見ることが出来ます。

気象庁は台風のおおよその勢力を示す目安として、下表のように風速(10分間平均)をもとに台風の「大きさ」と「強さ」 を表現します。

「大きさ」は強風域(風速15 m/s以上の風が吹いているか、吹く可能性がある範囲)の半径で、 「強さ」は最大風速で区分しています。

さらに、風速25 m/s以上の風が吹いているか、吹く可能性がある範囲を暴風域と呼びます。

台風に関する情報の中では台風の大きさと強さを組み合わせて、「大型で強い台風」のように呼びます。ただし、強風域の半径が500 km(東京から兵庫と岡山の県境)未満の場合には大きさを表現せず、最大風速が33 m/s未満の場合には強さを表現しません。例えば「強い台風」と発表している場合、その台風は、強風域の半径が500 km未満で、最大風速は33~43 m/sで暴風域を伴っていることを表します。

では、最後に、台風経路予測を信じていいのか?について書きたいと思います。

台風経路予測の信頼性

まず最初は、台風の中心位置の誤差ですが、これは、台風の進路が予測しやすいかどうかと大きく変わってきますが、グラフを見てわかるように長期的に見て向上しています。

一番正確な24時間予測については、最新の2023年度の誤差が、61kmとなっており、この距離は、東京の日本橋から神奈川県大磯のちょっと先。千葉県の九十九里浜、茨城県の土浦市の距離に相当します。

台風の強度については、24時間予測の5mから120時間予測の11mとばらつきがあります。

台風の気圧予報については、24時間予測でも最大14ヘクトパスカルとまだまだ正確とは言えません。
例えば、24時間予報では950hpa(ヘクトパスカル)であっても、最大で936phaから最小で964hpaのひらきがあることになります。この気圧の誤差は、無視できないほど大きいと言えます。


今回、日本に上陸が予測されている台風10号は、最初に予測された経路とは全く違い、大きく西寄りに予測が変わっています。
これは、東シナ海上にある寒冷渦が、台風の進路を大きく変えたと言われていますが、個人的には、今年は、7月から8月にかけて、大陸のモンゴル高気圧と太平洋上の太平洋高気圧が、日本上空で同時に勢力が高まっていました。其の為に、日本では記録的な猛暑となりました。

しかし、8月下旬となると、このモンゴル高気圧が弱まり、かつ、太平洋高気圧も同時に弱まった為に、気圧の谷が、日本列島に沿って発生したためだと思います。天気図を見るとこの1週間前後で、東シナ海上に立て続けに低気圧が発生し、これが、西から東に行かずに停滞しその後、消滅を繰り返していたために、この低気圧帯が台風を引き寄せたのではと思っています。

最後に、この様に、現在においても台風予測は非常に難しいものとなっています。やはり、最後には、個人が気象庁等の情報をよく精査して、早めに行動すべきであると思います。

但し、最近の報道の傾向として、アナウンサー等が、語気を強めるなど又は、危険であることを感情的にアナウンスしており、必要以上に危険度を煽っているように感じます。

これでは、「オオカミ少年」の例のごとく、だれもマスコミの情報を信じることが無くなり、却って、避難のタイミングを逃してしまうのではと危惧しています。マスコミの本来行うべき正確な情報及び具体的な台風の状況の報道を行ってもらいたいものです。




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