
アメリカ大統領選とポピュリズム
今日は、先日行われたアメリカ大統領選とポピュラリズムについて書きます。
今回のアメリカ大統領選は、前予想と大きく異なり、共和党のトランプ氏の圧勝となりました。且つ、上院、下院共に共和党が支配する「トリプルレッド」も予測されるほどの勝利と報道されています。
トランプ氏の勝利は民意か?
然しながら、良く良く開票結果を見てみると、トランプ氏の大勝利とは言い難い状況です。下の図は、今回と前回の大統領選挙の結果を比較したものです。


まだ、結果の出ていないネバダ、アリゾナ州を除いて考えると、残りのスイングステート(共和党・民主党の支持率が拮抗し選挙の度に勝利政党が変動する州)の選挙人の数が70であり、トランプ氏の数から70を引くと、ハリス氏223名に対してトランプ氏が224名とほぼ同じです。つまり、今回もアメリカ大統領選を決めたのは、スイングステートでした。
今回のハリス氏が負けた最大の原因は、何と言っても、ウィンスコンシン州、ミシガン州、そしてペンシルバニア州など、いわゆる「ラストベルト(Rust belt/寂れた地帯)」で負けたことでした。
この地区は、ニューヨーク・タイムズ/シエナ大学の共同世論調査では、ハリス氏が優勢でしたが、蓋を開けてみるとトランプ氏がこの地区を制しました。
特に、ミシガン州では、その差僅か1.5%トランプ氏が優勢。更にもっと激戦だったのがウイスコンシン州でこちらは0.9%トランプ氏が優勢となっています。このスイングステートの2州は、トランプ氏、ハリス氏のどちらが選挙人を取得しても不思議ではなかった程の僅差となっています。ハリス氏が、直ぐに敗者宣言をしなかったのはこれが理由です。
但し、今回は、労働者の比率が大きいこの2州で、経済問題が有権者の最大の関心事であったのに、トランプ氏が減税、規制緩和、国内産業の保護を打ち出しているのに対して、ハリス氏が、中間層の生活支援を訴えますが、トランプ氏ほどは明確な方策を示せなかったのが、敗因となっています。
さらに運の悪い事に、ミシガン州では米国でアラブ系住民が最も多い地域で、イスラエルによるガザ地区への侵攻をめぐる問題も投票に影響してしまいました。
そして、止めを刺さしたのが、ペンシルバニア州でのハリス氏の敗戦でした。
このペンシルバニア州の最大の都市が、ピッツバーグであり、日本製鉄が買収をはかるUSスチールの所在地です。この買収に関連して、トランプ氏は早い段階で買収不可を叫んでおり、結局は、バイデン氏の買収容認の姿勢が、ハリス氏の反対票として、トランプ氏に回ったのではないかと思われます。
つまり、前回民主党が取得していたラストベルトでは、バイデン氏の経済政策及び中東政策の失敗が、トランプ氏にとっては追い風となっています。(しかし、実際にはバイデン氏の経済政策は、間違っておらず、アメリカは経済の面においても、ほぼ一人勝ちの状態です。トランプ氏の情報操作が功を奏した状況です。)
そして、黒人の血を引いているハリス氏にとってシュックだったことが、黒人が人口の3分の1を占めるジョージア州において大差で負けたことです。
これは、日本人的には、理解し難い事だと思います。しかし、アメリカに長い期間住んでみると、うっすらと分かっていきます。
アメリカの社会は、日本人が思っているほどはリベラルではないと言う事です。特に、南部を中心とした中産階級以下の労働者階級の家庭では、現在においても、「男尊女卑」が強く、ハリス氏が女性であること、そして女性の有権者が、親や夫などの顔色を伺いハリス氏に投票できなかったことが大きく影響しています。
もし、ハリス氏が、このラストベルトとジョージア州を押さえることができたならば、ハリス氏が僅差で勝利したかもしれませんでした。
結局、得票数では、スイングステートでは2.5%。全体でも、わずか3%(ポイント)の差であり、当初のマスコミの予測通り、二人の差は大きくなく、どちらが大統領になってもおかしくなかったと言えます。
(前回の大統領選挙では、4.5%の差であり、前回よりも接戦であると言えます。)
上の説明は日本の各マスコミで取り上げられている通りです。
しかし、今回言いたいのは、それとは少し違う視点から見た大統領選挙です。
実は、今回のこの結果は、2016年のトランプ氏とヒラリークリントン氏が争った大統領選に極めて似ています。
2016年の大統領選は、ヒラリークリントン氏がトランプ氏よりも、全体の投票数で260万人以上も獲得していながら、何故か十分な選挙人数を得ることができずにトランプ氏に負けています。これは、非常に不自然な状況であると言えます。
そして、今回も、事前予想では優勢であったハリス氏が、初の女性大統領に選ばれませんでした。この二つが似ているのは、偶然かそれとも何か裏で操作されていたのか?
実は、この現象が起こったヒントではと思われる事を、明確に説明しているドキュメンタリーが存在しています。
それが、ネットフリックス制作の「グレート・ハック: SNS史上最悪のスキャンダル」です。
軍事用語で「サイコロジカル オペレーション(psychological operations)」と言うものがあります。これは、情報を収集し、計画的に活用・応用・操作・宣伝・防止・観察・分析などの行為を施し、これにより、対象目標となる国家、組織、個人などの意見、態度、感情、印象、行動に影響を及ぼし、最終的に、政治的目的あるいは軍事的な目標の達成に寄与することを狙う作戦を言います。
このドキュメンタリーでは、2016年のブレグジット(イギリスのEU離脱)及びトランプ氏が勝利したアメリカ大統領選に、テクノロジーの巨人フェイスブック社と、データ分析を専門とするケンブリッジ・アナリティカ社が、この「サイコロジカル オペレーション(psychological operations)」を使い、民意を操ったと結論づけています。
この事件が、公になったのは、ケンブリッジ・アナリティカ社(CA社)の二人の重役の告発からでした。実際に、アメリカ議会は、facebook社の代表であるザッカーバーグ氏を、特別聴聞会に呼び審問しています。
しかし、確実な証拠は出ませんでしたが、限りなく黒に近いことが判明し、以後、アメリカ議会では巨大プラットホーム組織である「GAFAX」(google,
apple,facebook,amazon,twitter(X))に対しては、監視を強めています。
今回の大統領選挙でも、トランプ氏の陰に巨大プラットホームの「X」の代表であるイーロンマスク氏が見え隠れしています。
従って、アメリカのインテリ層は、再びトランプ氏が世論操作を行ない民意を操ったと疑っています。これが、アメリカのインテリ層が、今回の大統領選挙に怒りを表明している理由と言えます。
然しながら、これらの事は、証言だけで明確な物的証拠は存在しておらず、「疑わしきは、被告の利益に」の例えから言えば、これは、あくまで「陰謀論」の範疇です。
トランプ次期大統領とポピュリズム
何方にしても、今時点では、来年の1月20日以降には、トランプ政権が発足します。
トランプ政権が、どの様なものになるかは意外と簡単に想像できます。
トランプ氏は、前回の大統領の時も、そして今回も右派ポピュリズムを標榜しています。
ポピュリズムとは
ポピュリズムは、「大衆」の代表を自称し、規制の政党やエリート、既得権益層を批判する政治思想や政治運動をいいます。大衆主義、人民主義、平民主義、公民主義、衆愚政治、大衆迎合政治などとも言われます。
このポピュリズムの特徴としては、
1 大衆・人民の代表を自称
多くは、エリートやメディア、高学歴層などから無視されてきた人々の
代表。つまり、労働者階級など特定の団体であったり、同一の思想を有
する団体の代表という形を取ります。
2 エリート批判
政治、経済的なエリート達は腐敗していて、甘い汁を吸っていて、その
しわ寄せが大衆に来ているのだ、だから変革が必要なのだと主張しま
す。
3 カリスマ的リーダー
社会を改革する勢力の代表者として、大衆の声を聞き、それら大衆のニ
ーズに適合する様に振る舞い、そして、声高々にアピールする必要があ
ります。そのために、その核となるカリスマ的なリーダーが必要となり
ます。
4 特定のイデオロギーや政策思想を持たない
ポピュリズムは、大衆の影響を直接受けるため政策に一貫性がなく、根
本となるような政治思想を持つことができません。エリートや既存の政
党の主張が変われば、それに合わせて主張を変えることも多いのが特徴
です。
5 国民投票など国民に積極的に問いかける手段を使う
ポピュリズムでは、立憲政治や議会制民主主義は、既得権者を守るだけ
で、大衆の声に応じていないと感じています。従って、裁判所・国会・
官僚を飛び越えて直接、「国民投票」や「国民発案」という形で、国民に
直接答えを問うような方法を活用する傾向があります。
つまり、ポピュリズムは、「民意こそが政治的意思決定の唯一の正統性の源泉である」と考え、それ故に、「選挙で勝利した政治勢力は、すべてを決定できる」「政治的な意思決定は、究極において、すべて国民投票で決定すればよい」という主張となります。
しかし、これは民主主義の一面を過大評価し、個人の権利、とりわけ、言論の自由や法の下の平等、選挙や議会における多数決など民主主義の骨幹を蔑ろにする行為であると言えます。
つまり、ポピュリズムを標榜するトランプ氏は、「大衆」の敵として「ディープステイト」(政府を密かに操ろうとしている軍・情報機関・政府関係者、シンクタンク等)をでっち上げ、反エリート、反社会主義、反知性主義などの特徴を持ち、白人労働者階級の雇用などを訴えるなど、(右派)ポピュリズムの政策を実施することが予測されます。
この政策は、良い方向に向かえば、社会での課題を経済や司法の場での解決に頼らず、政治の場に引き出して国民に問うことで、国民の政治参加を促ししたり、政治という場や民主主義そのものを活性化させるといった効果があります。
反対に、このトランプ氏のポピュリズムは、憲法によって国家の権力を制限し、法律に則って政治を行う「立憲政治」を否定し、マイノリティ(移民、LGBT、エリート層)の人権や権利を奪うことともなり、その結果、社会に分断や激しい対立を生み出すことともなります。
また、今回のトランプ氏の勝利を、アメリカのポピュリズムから主敵と見做されているエリート層や人権活動家やそれに賛同したハリウッドスター及び有名歌手などが痛烈に批判したのは、この様な理由からです。
実際、トランプ氏が掲げた公約には、その兆しが見えており、最悪、アメリカの政治が、分断する可能性が十分高くなっています。
最近、スタジオA24制作の衝撃作『CIVIL WAR』が、公開されましたが、実は、トランプ政権が発足し、経済状態が悪化したり、ポピュリズムにより分断が更に深刻になると、この映画に描かれた様な内戦状態となっても不思議ではありません。
実際、トランプ氏は、過去に、自身のTwitterアカウントでディープステートを含むさまざまな陰謀論を拡散し、Qアノンをはじめとする多数の陰謀論グループの誕生に寄与しており、これが元となって2021年1月6日にアメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件が発生し、バイデン大統領の就任を阻止する暴動が発生しており、この映画の内容が、絵空事ではなく実際に起こっても不思議ではないリアリティを持っています。
どちらにしても、来年初頭からトランプ政権が動き出します。トランプ氏のポピュリズムと「MAGA(Make America Great Again/米国を再び偉大に)」のスローガンが、結果として、世界全国の国に高い代償を強いる可能性が大きくなっています。
アメリカ大統領は、非常に強い権限を有しています。従って、大統領の暴走を防ぐために、「中間選挙」が設けられており、偶数年に上院議員のうちの3分の1、下院議員全員が改選となります。また、同時に、任期が満了した州知事の選挙、各自治体の公職に関する選挙、欠員が生じている非改選上院議員の補欠選挙なども行われることが通例となっています。
この改選により、大統領の暴走を阻止する制度が作られていますが、さて、次回の中間選挙はどの様になるのか、そして、アメリカの民意は何方に向かっていくのかが、ひいては世界の安定に大きく寄与すると考えています。
良い未来が到来する事を願って。