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アメリカ大統領選とテイラー・スイフト

今日は、今年行われるアメリカ大統領選挙と歌手のテイラー・スイフトさんについて書きたいと思います。

アメリカ合衆国大統領選挙とは

アメリカ合衆国の大統領を選出する選挙は、4年に一度行われる選挙で、夏季オリンピックのある年に行われます。

この大統領選出の選挙方法は、「間接選挙」(Indirect election)と呼ばれるもので、有権者が直接候補者を選んで投票するのではなく、中間選挙人などを通して候補者を選び間接的に意思表示を行う選挙制度のことで、日本の内閣総理大臣もこの「間接選挙制」を採用しています。

「間接選挙制」の反対が、「直接選挙制」であり、フランス大統領選挙、中華民国総統選挙、日本の都道府県知事及び市町村長選挙が、この制度を採用しています。

アメリカ大統領選は、世界的にも最も影響力のある首長を決める選挙であり報道等で良く取り上げられいますが、意外と、日本では、どの様に投票が行われているのか知られていません。

話を進める前に、まずは、このアメリカ大統領選挙について詳しく説明していきます。

アメリカ合衆国は、現在、民主党と共和党という二大政党により政治が行われています。(実際には、アメリカでも民主党、共和党以外の党派は存在しますが、大統領選で選挙人を獲得できるのは民主党と共和党だけです。)

そして、「スーパー・チューズデー」と呼ばれる党大会(予備選又は党集会)によって、民主党及び共和党の大統領候補者及び副大統領候補者が、それぞれ指名されます。

この大統領選の最初に行われるのが、有権者による投票(選挙人を決めるための選挙)ですが、日本とは違いアメリカには住民基本台帳というものが存在していません。
其の為に、アメリカ国民であり18歳以上の投票権を有する者は、有権者登録を行わなければ、この投票に参加することができません。

そして、11月の第一月曜日の次の火曜日(2024年は11月5日)に、既に有権者登録が行われた者によって、一般投票が行われます。

この一般投票の用紙には、各党(民主党、共和党)の大統領候補者及び副大統領候補者の名前しか書かれておらず、有権者は、そのどちらかを選挙で選択します。

ここからが、非常に変わっている点ですが、各州に各党が選出した選挙人団というものが作られています。この選挙人は、人口に基づいて数が決められています。(これは、概ね、各州の上院・下院の議員の数と同数であると言われています。)この選挙人は、54州全体で538人が選任されます。

有権者による一般投票で、各州の投票数が多かった党の大統領候補者が、その州の選挙人全員を獲得します。(選挙人総取り方式)。

例えば、選挙人が55人と最も多いカリフォルニア州で、有権者による投票で、民主党の候補者が過半数を取ると、カリフォルニア州の選挙人全員である55人が、民主党の選んだ選挙人が選ばれることになります。

こうして、有権者による選挙で民主党が取得した州を「ブルーステート」といい、共和党が取得した州を「レッドステート」といいます。
また、選挙ごとに支持する党が変わる州を「スィングステート」(激戦区)と呼んでいます。

それを図示したのが、下の図です。青が民主党、赤が共和党、緑及びダイダイ色で示したのが、スイング・ステート(激戦州)です。

この区分は、毎回、殆ど変わることがありません。従って、各党の候補者が特に、力を入れるのが、激戦区(スィングステート)における選挙活動となります。

2020年大統領選挙の結果

そして、この選挙人は、各州で集まって相談をした後に、12月中に投票が行われ、翌年の1月6日に、大統領及び副大統領が正式に決まります。更に、1月20日に大統領就任式が行われ、新しい大統領が誕生します。

上の図は、2020年の大統領選のものであり、民主党のバイデン氏が、選挙人選挙により、ノースカロライナ州以外の全ての激戦区(スィングステート)を獲得し、全体で306名の選挙人を得て新大統領に就任しています。

このアメリカの大統領選挙戦を風刺した映画が、題名がそのものズバリ「スィングステート」です。

この映画は、2016年大統領選後(ヒラリー・クリントンVSドナルド・トランプ)が物語の背景となっており、コメディという形を使って大統領選挙を皮肉っています。しかしながら、大統領選挙戦、特に二大政党のこの選挙での駆け引きが垣間見える作品となっています。

ハリス氏は初の女性大統領となるのか?

今年2024年大統領選挙は、「スーパー・チューズデー」により、民主党・バイデン氏、共和党・トランプ氏が選出され、長い選挙戦が始まりました。

ここ数回の大統領選は、ネガティブキャンペーンが主となっており、今回もお互いの年齢を巡って口論となっていました。

しかし、有権者にとっては、どちらの候補者が大統領となっても、目新しい事は起きず、より良い方を仕方なく選ぶといった醒めた選挙戦でした。

ここに、大きくこの選挙戦が動く事件が発生します。

2024年7月13日(日本時間14日)に、ドナルド・トランプ氏が、ペンシルベニア州バトラー近郊での選挙集会中に銃撃されます。

犯人は、トーマス・マシュー・クルックス(当時20歳、ペンシルベニア州ベセル・パーク出身)であり、演説台から約120メートル離れた建物の屋上からAR-15型ライフルで8発発砲し、トランプ氏が右耳の上部を負傷します。この銃撃により、聴衆の1人が死亡し、他の聴衆2名が重傷を負います。

トランプ氏は、暗殺未遂事件のときに、耳を貫通した為に流れた血が顔についている状態で、シークレットサービスに護衛されながらも、力強く拳を振り上げます。

この時の模様は、動画や写真となり、世界中を駆け巡りました。
そして、トランプ氏は、動画や写真の影響力により、「幸運な、そして強い大統領候補」というイメージを、アメリカ国中に印象付けることとなりました。

この事件は、トランプ氏に大きな追い風となり、トランプ氏嫌いのマスコミでさえも、トランプ氏が次期大統領となるのではとの論調に傾くほどでした。

対する民主党は、この事態に危機感を感じ、バイデン氏では選挙戦を戦うことができないと判断します。これにより、バイデン氏に大統領候補者を辞退し、新しい候補者を立てることを打診します。

7月21日に、バイデン氏は、民主党からの打診を受け入れて、大統領候補者を辞退することを公表します。かくして、民主党は、トランプ氏に対抗しえる候補者の選定に入ります。

しかし、トランプ氏の絶対有利の状況下で、候補者選びは難航しますが、結局、副大統領であるハリス氏が、民主党の大統領候補者として指名されます。

大統領選に出遅れた上に、トランプ氏に比べて知名度のないハリス氏は、民主党員であること及び女性であることを最大限利用して、革新的な政策とアメリカ国民に最初の女性の大統領を誕生させるといった夢を見せることにより、徐々に人気を得ることとなります。

また、ハリス氏は、トランプ氏の政策を批判し、中産階級の保護、LGBTの権利の保護、そして女性の人権保護(妊娠中絶の権利)を訴えます。
そして、共に戦う副大統領候補に、ミネソタ州知事であるティム・ウォルズ氏を指名します。

このティム・ウォルズ氏は、明るく前向きな性格で知られており、左派の政治家(オバマケア、環境問題、LGBT保護、人工中絶を支持)でありながら、その率直な物言いと宗教的な信念から、穏健中道派のような存在感を持っています。

アメリカ大統領選の副大統領候補は、大統領候補を補うことが条件として重視されます。カリフォルニア州出身で、ジャマイカ出身とインド出身の両親をもつハリス氏の伴走者として、中西部ネブラスカ州出身で白人男性のウォルズ氏を選んだのは、バランス感覚に優れていると好意的に受け入れられています。

そして、ハリス氏の何よりも有利な点は、同じ民主党の元大統領であったオバマ氏を彷彿とさせる演説の旨さ、そして、自身が中産階級出身ということで、同じくトランプ氏と大統領選挙を戦ったヒラリー・クリントン氏のスーパーリッチ層出身であることからくる一般有権者からの心理的な拒否感がないことです。

トランプ陣営は、ハリス氏の追い上げ、追われるものの焦り、そしてなによりも暗殺未遂事件によって次期大統領の座が目の前にあるといった奢りから、大きな失策を立て続けに出してしまいます。

まず、最初の失敗が、歌手でインフルエンサーのテイラー・スイフトさんのフェイク動画を作り、あたかも、スイフトさんが、トランプ氏を支持しているかのようにイメージ操作を行います。

また、副大統領候補であるJ・D・ヴァンス上院議員の2021年の「子供のいない猫おばさんたち(childless cat lady)は、みじめな人生を送っていて、自分のそれまでの選択のせいでみじめで、だから国全体もみじめにしたがっている」というヘイトスピーチ発言が、あらためて浮上し波紋を呼びます。

そして、失策の中でも極めつけなのが、先日行われたハリス氏とのテレビ討論でした。

このABCテレビ主催の討論会では、ハリス氏は終始、冷静であったのに対して、トランプ氏は、激昂するなど感情をむき出しにする場面が見られました。

そして、トランプ氏は不法移民問題で、「移民が犬や猫など、住民のペットを食べている」と発言しますが、すぐさま、司会者のファクトチェックにより、その発言が間違いであることを指摘されるなど、数度に渡ってトランプ氏の発言が、「陰謀論」の枠を出ない、根拠のないものであることが明らかとなります。

このテレビ討論会の後に、お互いの陣営は、勝利宣言をしますが、主催のABCテレビの世論調査によると、63%の人が、ハリス氏が勝利したと答えています。

そうして、こうした失策が、トランプ氏が最も恐れている事態を引き起こします。
その事態とは、歌手のテイラー・スイフトさんのSNSで発表された民主党支持でした。

トランプ氏がその影響力を恐れた人物

トランプ氏が、その影響力を最も恐れていたのが、歌手でインフルエンサーのテイラー・スウィフトさんです。

テイラー・スウィフトさんと言えば、グラミー賞を12回も受賞しているシンガーソングライターで、説明の必要が無いほどのセレブです。あまりにも毎日彼女のニュースばかり流れてくるので「テイラー疲れ(Taylor Fatigue)」という言葉も聞くようになったくらいです。

今年、2024年のグラミー賞においても、テイラー・スウィフトさんはアルバム『ミッドナイツ』で4度目の年間最優秀アルバム賞を受賞します。これはグラミー史上、最多記録となります。まさに、アメリカショービジネス界の女王といっても差し支えのない存在に登り詰めます。

しかし、ここに至るまでの彼女の道のりは決して順風満帆ではありませんでした。

テイラー・スウィフトさんは、2004年に、ニューヨークのライヴ・ハウスで行われたBMIソングライターズ・サークルのショーケースでの演奏後、ソニーATVミュージックパブリッシングにカントリーソングのシンガーソングライターとして最年少である、僅か15歳で採用されます。

しかし、歌手としてデビューすると、音楽好きの少女は、言われもなき中傷や容姿に関連して差別を受けるようになります。

そんな彼女が、19歳になった2009年、MTVビデオ・ミュージック・アワード授賞式という晴れやかな舞台で、悲しい思いをすることになります。

この年、『ユー・ビロング・ウィズ・ミー』がヒットし、このビデオが「女性アーティストによる最優秀ビデオ」に選ばれたのです。しかし、テイラーさん自身にとっては、カントリー・ミュージックの歌手がこんなビデオ賞を受賞することに戸惑いがありました。

「私はカントリー歌手です。そういうバックグラウンドの自分がVMAの賞をいただけるなんてとても嬉しい」とテイラーさんが、スピーチをしている最中に、ラッパーのカニエ・ウエスト(改名し、今はイェ)がいきなり舞台に上がり、彼女のマイクを取り上げ、「なぁテイラー、受賞してマジでよかったな。あんたに最後まで喋らせてやるよ。でもやっぱすげぇのはビヨンセだ! ビヨンセのビデオは史上最高だ!」と言ったのでした。

このカニエ・ウエストの失礼な振る舞いに対して会場からはブーイングが起きますが、テイラーさんは、そのブーイングが自分になされたのではと深く傷つくことになります。

彼女は舞台の上で凍りつき、何も言い返せず黙っていました。見るからに意気消沈していたし、そのあと楽屋で泣いたと報じられています。

この頃が、恐らくテイラーさんにとっては、最も辛い時期でした。表向きは「優等生」を演じながら、実際の自分の想いとはかけ離れており、段々と不満が蓄積されるようになります。そして、ついに自分の歌手としてキャリアの危機となる休業をしなければいけないほど酷い精神状態へと追い詰められるようになります。

しかし、彼女は、歌い続けるために、沈黙を破ります。そして、嫌われたとしても正しいことは正しいと主張するようになります。

彼女は、色々な中傷や差別を経験したからこそ、人の痛みがよく分かっていました。其の為に、彼女の主張は、若者を中心に熱烈に支持されるようになり、インスタグラムフォロワー数が、全世界で2億8千万人までになり、歌手としてだけではなく、インフルエンサーとして影響力を持つようになります。

カニエ・ウェスト事件の頃の心細そうな、傷ついたスウィフトさんの顔から比べると、今の無敵な感じの彼女を見ると、この15年間で彼女がいかに成長し強靭になったかが、ハッキリと感じられます。

では、何故、一介の歌手を、トランプ氏が恐れたのか?

それは、スウィフトさんを支持する年代層が、18歳から35歳の若年層であることに大きく関係しています。
そして、現在、米国では若年層の有権者登録が減少しており、まず登録してもらうことがどちらの陣営にとっても最初の課題となっているからです。

其の為に、スウィフトさんがアップした9月10日のインスタグラムの投稿、「24年の大統領選でハリス氏に投票する。私が信じる権利と大義のために闘っているからだ」と2億8400万人のフォロワーに対し、有権者登録し、誰に投票するか自分で選択するよう呼びかけた事が、いかに破壊力があるのかは火を見るより明らかです。

スウィフトさんは、そのインスタの中で、AIによるフェイク動画の怖さや、署名欄にテイラー・スウィフト childless cat lady(子なしの猫好きのおばさん)と入れており、トランプ陣営のフェイク動画作成及びトランプ氏の副大統領候補であるJ・D・ヴァンス上院議員の過去のヘイトスピーチへの強烈な皮肉が込められており、スウィフトさんの意図がハッキリと分かるようになっています。

実際に、スウィフトさんは、現在3匹の猫の母親であり、大の猫好きです。インスタでは、3番目の愛猫であるベンジャミン・バトンを抱いた写真が、そのインスタに添付されています。

たかが一介の歌手のインスタで、大統領が決まるものかと思っている人がいると思いますが、インスタがアップされた後に、ある機関の調査によると、スイング・ステートの両者の支持率が、ハリス氏の47%、トランプ氏の46%と、ハリス氏が逆転しており、此れ以降、更にこの差は大きくなるのではと予想されています。

我々は、アメリカの最初の女性大統領誕生という歴史を見ることができるのか楽しみです。



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