愛されれば満たされると思ってた、自戒
わたしが飛び降りようと思ったけど背丈が足りなくて移動させた机は、2日経ってもまだわたしが移動させた位置のままだった。わたしの希死念慮は、落ち着いた筈だったのに、ただソコに取り残されていただけなんだと実感した。
わたしのことを好きでいてくれる人がちょっとでもいることを知った。人間がいらないと思う全てが備わっているクソみたいなわたしでも、離れないでいてくれてありがとう。あまりにも限界なので精神科に行って、自分の思いの丈をこれでもかと吐き出してみたら、自分が大切に思っている人以外の言葉は聞き流すようにしましょうと言われ、そんな馬鹿な、そんな無茶な、と一蹴した。
ふと小さい時の記憶が蘇ったりした。用水路にサンダルを流しながら裸足で帰ったプール終わりの夏休みだったり、タイムカプセルを埋めた古臭い神社だったり。懐かしい!あの頃は楽しかったな。最強だった、以外の言葉が見つからない!あの頃は愛に満たされていたから、記憶が薄まりづらくて、わたしの根底にかなり根強く根を張っている。張り巡らせている。
愛されていれば、真っ当な人生を全うできると思い込んでいた。愛は幸せに直結する、とも。
愛は真っ当な人生でも幸せでもなかった。
愛は絶望だった。
それでいて最高の幸福だった。
矛盾だらけ。おかしいな、
朝、ブラームスのワルツ15番で目を覚ます。(わたしはクラシックが好きで、その中でもロマン派音楽が好きで、その中でブラームスとサン=サーンスが好き。)ぬるま湯に浸かっているみたいな穏やかで優しい生活。いつか、冷水になる日が来るとわかっているのだけれど、もう少しこのままでいたいと願ってしまう。幸福を何年もよすがにして生きてきたわたしも、かなり大人びて、翳った考え方をするようになってしまった。否、まだこどもであるというのに。
今わたしは過去の罪と同等の罰を受けている。ハンムラビ法典の、目には目を歯には歯を同然。いつか、赦されて報われる時が来ますように。はやく謝らなければならない。ごめんなさい。
こういう風に、わたしの心は存在している。