雑記2024.11.3

女子高生の時、壁にもたれて座って本を読むあの子の膝で寝るのが好きだった。ペラ、ペラ、と紙の擦れる音と、一定に上下する太ももの感覚が心地よかった。
目を瞑っているのに眩しくて、眠れない。
「眩しい。」
とわたしが言う。
「はいはい。」
と言って、あの子は本を置いて、右手でわたしの両目を覆う。あの子の手は冷えていた。
騒がしい教室の中で、わたしたちだけの、お互いの呼吸を感じる時間を過ごす。
眩しくて、一筋涙が零れた。
あの子の手が微動する。
あの子の存在が、わたしには眩しい。


寒くなってきたから、人肌が恋しくなった。
この時期は毎年、恋愛をしたくなる。十月に入ってすぐ、高校三年生の彼女ができました。三週間で別れました。女子高生の短さ、儚さ、脆さ、危うさ、重さなんて、わたしがいつもダラダラ言っているからいちばん理解していると思っていて。わたしなりに彼女を大事にしていたつもりでしたが、できていないようだった。
バイト先に、昔働いていた先輩がやって来て、妊娠を報告して、周りがキャアキャアと騒いで、わたしは嬉しくて、悲しくなった。同性愛者だから。小学生の時、いちばん仲の良かったさやちゃんを好きになって、自分の中でこれから先の人生を覚悟してきたけれど、両親や祖父母に将来の、人並みの幸せを催促されることに、申し訳なさを感じる。散々迷惑かけて過ごしているのにまだ困らせるのかな。ごめんなさい。


思い出したくないことだけ、ふと思い出して、そのことで脳が支配されるのに、大切な記憶はどんどん滲んでいく。
大切な記憶に紐づいて、思い出したくないことも芋づる式に思い出して、大切な記憶もドロドロとグレーにモザイクがかかった。
せんせいのこと、もう、あまり思い出さなくなったよ。そのせいかな、思い出そうとしても少しずつ少しずつ、片鱗しか思い出せなくなった。
卒業式の日、油性ペンでせんせいの手掌に書いたわたしの電話番号は、きっと水に流れてしまったらしい。四年経った。あの時から、わたしと二度と会わないでいてくれてありがとう。せんせいはわたしの幻になって、記憶も消えて、でもせんせいの存在に、言葉に、体温に救われて生かされたことは紛れもない事実だ。
いつかまた、あなたからもらった愛を反芻する。

わたしが生きた十八年と九ヶ月と三日で流した涙で金魚を飼った。最初は赤だったのに、わたしが流した涙が増える度色が変わり、気づけばわたしの金魚は水色になっていた。気色悪かったので、貴女の涙を、試しに一滴ポトリ、と落とした。金魚は気だるそうにヒレを動かし泳ぎ続けるが、その金魚の水色は心做しかピンクに見えなくもない。

南条あやが死んでから二千五百五日後に、わたしが生まれました。

いつか行こうねと言っていたレストランや、卒業式に渡しに行くと言った花束、水族館。日常のふとした時、例えば可愛いお花屋さんを見つけた時。アレ可愛いなー、あの花束を渡そう、と思う。我に返りだれに渡すんだっけ、と考え、もう隣にはいない彼女だった子だったことを思い出す。こういう時がいちばん心にくる。自分では何も考えていないように見えて、心が、体が、脳髄があの子を覚えている。

放課後、部活終わり十九時。
楽器を片付けながら、他愛のない会話をする。
わたしの楽器は大きくて時間がかかるので、待ってて、と声を掛ける。
ふと、会話が止まる。
視線を感じる。
正面を見ると、わたしを見つめる双眸が、潤んでいた。その手が、わたしの手の上に被さる。それだけで、一線を越えたのだと感じ取った。
「いい?」
「…うん。」
恐る恐る、唇がわたしの唇に近づいてくる。
息を止める。
わたしは彼女の頭を撫で、引き寄せる。
不器用に唇同士を押し付けあった。
緊張と焦りで、鼻息が荒くなる。どちらかともなく口を開き、舌を入れた。奥へ、もっと奥へもっと、彼女の根まで感じたくて、舌を捩じ込む。舌の裏が熱い。頭をもっとギュッと抱き寄せる。小さな水音と息漏れが酷く扇情的だった。
お互いに疲れてきたのを感じ、肩をトントンと叩く。ゆっくり離れる。
ハア。ハアハア。
酷い息切れと赤くなった目、涙。
彼女はごめんね、と言った。
だからわたしもごめんね、と言った。


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