見出し画像

パリのアメリカ人

それは、パリに着いた日のことだった。パリでアメリカ人と夜中にエッフェル塔を見た。三色旗色にライトアップされたエッフェル塔の下のベンチに座って、ただただパリのシンボルを見つめた。

そもそも、引き寄せられるようにして迷い込んだジャズバーがその夜のジャックポットだった。ジャズバンドの奏でる音楽を聴きながら、ダンスフロアを見つめ、パリとジャズという化学反応に浸っていると、パリジェンヌが2人、話しかけてきた。フレンチ訛りだけれど流暢な英語を話す彼女たちは、私が1人で放浪していることに驚く。
”You look like a little princess but actually so brave to be all by yourself”
誰がリトルプリンセスだ、そこまでひ弱くないわとムキになっても良かったが、そこはさらっと受け流す。フランス人はなんせ、フランス語しか話さない。そんな偏見を持っていたのだろう。アメリカ人が3人、まるで宝島で秘宝を見つけたかのように、私たちに話しかけてきた。自分の言語が通じる喜びは私も知っているから、同士だという気持ちで自然と打ち解け、仲良くなった。そのうちの1人が、後に私のパリのアメリカ人となる。

“We should dance!!”
パリジェンヌの1人が提案した。6人の男女なら自然にペアが生まれる。私と一緒に踊った彼は、
“I’m not a good dancer”
と控えめに笑った。この手の類のダンスの良し悪しは、なにもテクニックで決まるわけではない。いかに、相手と楽しみながら踊れるかがほぼ全てだ。
“You’re a good dancer simply because I enjoy dancing with you”
本心でそう伝えると、彼は私を蒸し風呂のように熱い地下から、一階のバーへと連れ出した。

“What do you want to drink?”
“Well I prefer something cold and strong so maybe whiskey?”
私のWhiskeyが、まさかロックを意味するとは思わなかったらしく、
“Oh I love Whiskey too”
と言いながら彼はWhiskey saladを2杯注文した。いや、strongのパート無視してるけど、と思いながら、その夜はお酒はそこそこしか飲まないキャラで行こうと決心した。地下とは比べ物にならないくらい気温が快適で、人が少なく静かなバーフロアで、私たちは色々な話をした。彼は友人のウェディングにイタリアに行った後、ヨーロッパを旅して明日にはアメリカに帰ると言っていた。パリにはたった1日しか滞在しないと。なんてもったいない。しばらくすると、ダンスフロアで踊っていた4人がバーフロアに上がってきた。ダンスフロアよりはマシとは言え、新鮮な空気を吸いたくなったので、みんなで一度外に出てタバコを吸った。日本では人に勧められても滅多に吸わないけれど、20年代を彷彿とさせる、ジャズ、パリ、タバコという組み合わせがなぜかしっくりきた。Jazz Ageにタイムスリップした気分だ。リフレッシュして、バーカウンターに戻ると、少し酔っ払ったパリジェンヌ2人がショットをしようと言い出した。それまで、ピンクに光るロゼワインしか飲んでいなかった彼女たちがどうして酔っ払ってるのかも、なぜショットをしようとしているのかも分からなかったけど、ここは郷に入っては郷に従う。アメリカン3人と私は彼女たちの頼んだ奇妙な緑色のショットを目の前にギョッとしたが、飲んでみると水のような弱さだった。
“It tastes like green!!!”
私の素直な感想に、アメリカンたちは笑う。それは、GET27というミントフレーバーとリキュールだった。調べてみたらアマゾンで購入可能とのこと、買わないけど。
ショットといえば、ウォッカやテキーラを想像する私とアメリカンたちを従え、次々に緑のショットを注文する彼女たち。
“Santé!”
“Cheers!”
“Kanpai!”
フレンチ、イングリッシュ、ジャパニーズを交互に使い次々とショットグラスを空にしていく。バーテンダーからしたら、奇妙な光景だったであろう。

ジャズバンドの演奏が2時までだったので、最後の踊りに行こうとみんなで地下に戻った。
“Why are you so good at dancing?”
Whiskey Saladの彼が私に聞く。バレエをやっていると伝えると、
“That’s why you are such a good dancer!”
と言いながら私の腰を持ち、リフトをした。
“I’m not good at dancing but I can lift you up and you’re fine with this, right?”
もちろん平気だ、バレエに比べたら朝飯前。
“How do you say ‘I wanna kiss you’ in Japanese?”
“You just said that in English”
最後の曲とジャズバンドに拍手をして、私たちはジャズバーの外に出た。

ほかの4人が2人ずつになってどこかに行ったのか、4人一緒だったのか、私には分からない。バーの前でフレンチガールズの両頬に2回ずつキスをして、アメリカン2人にハグをして、私と彼はノートルダムの前の通りに向かって歩き始めた。明日パリを発つのに、まだエッフェル塔をみてないという彼と、深夜のエッフェル塔に向かった。いい天気だし30分で着くから歩こうという私を無視して、彼がUberを捕まえる。これだから、年寄りはとたった4歳若い事に対する優越感に浸っていた。車ではたった7、8分だった。

バスティーユデーの深夜だからか、エッフェル塔は三色旗色になっていた。昼間の騒々しさからは想像もできないほど静まり返った観光スポットの下のベンチに2人で腰掛け、しばらく他愛もない話をした。
“So how do you say ‘I wanna kiss you’ in Japanese?”
“You just said that in English again”
そして彼はまた私にキスをした。
“You are my American in Paris”
唇がはなれた時、とっさに口から漏れたそのフレーズで思い出した。パリのアメリカ人でも、主人公のリズにとってのパリのアメリカ人は最終的に結ばれる人ではない。リズにとってのパリのアメリカ人は、近くて遠い、恋愛感情は抱けないピアニスト。そういう意味では、彼は私にとって、本当にパリのアメリカ人だったのかもしれない。ただダンスは本当に楽しかった。

そのまま夜遊びをしても良かったけれど、もう時刻はすでに3時半を過ぎていて、次の日は朝から撮影の仕事があるからそろそろ帰らないとと言うと、彼はまたUberを捕まえて、私をアパルトマンまで送って行ってくれた。ドアの前で私のおでこにキスをする彼。
“Hope to see you again someday”
なぜだかわからないけど、また会う気がした。
“I think we’ll see each other again surely someday somewhere on this planet”

パリのアメリカ人。悪くない響き。もし再会したら、ぜひまた一緒に踊りたい。

#旅行記 #パリ #1人旅

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?