割れたマカロンとフランス人の働き方
私の大好物は、ピエールエルメのマカロン。日本にも複数店舗あるけれど、どこに言ってもこれ以上ないくらい日本式の接客を受ける。律儀で、腰が低く、隙がない。パリのピエールエルメは違った。おもてなしなんて必要ない。対話こそが接客であり、彼らにはそれが接客という意識もないのかもしれない。
オペラ座通りのピエールエルメ。オペラ座でバレエを観た帰りだったので、お気に入りのドレスで着飾っていたからかもしれない。何となく晴れ晴れとした気持ちで、ハイヒールをコツコツ鳴らし、お店に入った。店員とアイコンタクトをして、微笑みしばらくショーウィンドウを眺めていると、目で挨拶を交わした店員がフランス語で話しかけてきた。英語で、フランス語が話せない事を伝えると、奥からわざわざ英語対応のできる店員を連れてきてくれた。
“So which one would you like?”
フレンドリーに注文を聞く彼に、指をさしながらほとんど全ての種類のマカロンがほしいと伝える。
“You’re gonna share with others right?”
あまりの数の多さに戸惑い確認をしてきたので、正直に全部1人で食べると言うと、彼は驚いて掴みかけていたマカロンをショーウィンドウの中で落とした。美しいマカロンが少しだけ、欠けてしまった。
“Hey don’t waste the broken one, I’ll take it”
何と言ってもピエールエルメだ。割れたマカロンを売るわけがない。でも1人で食べるわけだし、見た目なんてどうでもよく、むしろ大好きなマカロンが無駄になるのを見過ごすわけにはいかなかった。すると、彼はニヤリと右口角だけを上げた。
“You want this?”
“Yes I’ll buy it so just include it in my order”
“No I mean you want this NOW?”
そう言って綺麗なペーパータオルに乗せて、私に差し出してくれた。
“Oh it’s nice of you not only saving the broken macaroon but also giving it to me”
彼が私の頼んだマカロンをトレーに乗せている間に、1つマカロンを食べた。
“So you do ballet?”
突然聞かれて、一瞬何のことかと思った。
“Yes I do but how did you know that?”
“Everything I see in you tells so. Your posture, your style, your atmosphere, the way how you move your arms, you know it’s too obvious”
“Is that a bad thing, I mean to be obvious?”
“No it’s good because I love ballet”
さすがオペラ座通りのピエールエルメだと感心した。初対面の人がバレエをやってる事をノーヒントで言い当てる店員。
“And you are travelling alone?”
“Yes it’s been beyond fantastic to take some time off from everything”
“But aren’t you lonely? I would rather travel with my friends”
“No it’s good you should try too”
“No I won’t that’s not my thing”
そんなカジュアルな会話をしながら、彼は私の頼んだ大量のマカロンを箱に入れてくれた。
“Are you sure that you’ll eat everything by yourself?”
“There is no other people I can share these with but if my mom finds out that I’m eating this crazy, she’ll definitely be pissed off”
お会計をして、お店を去ろうとした時もう一度彼が私を引き止めた。
“Hey may I have your Instagram or something if you don’t mind?”
“You know what you gave me the broken macaroon so why not?”
マカロンのお礼にインスタを教えて、今度こそお店を出た。
もう一度強調したいのが、これがパリのピエールエルメの店員だという事。いらっしゃいませ、いかがいたしましょうか?恐れ入ります、ありがとうございました。等のマニュアル対応は一つもない。マカロン落としても、失礼いたしましたなんて言わない。代わりにそのマカロンをくれる。客と友達のようにおしゃべりをして、仲良くなり、インスタを聞く。非常にラフで、リラックスしている。日本の”おもてなし”スタイルもパリのスタイルもどちらにも良いところがあるのはわかる。ただどちらかを選べと言われたら、個人的に後者を選ぶだろう。だから時々、深々とお辞儀をしたり、律儀すぎる文化が息苦しいし、母国なのにアウトサイダーに感じる。アイデンティティとは不思議なものだ。
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