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「新しいふるさと」
鹿児島にUターンしたばかりの頃、28年振りの帰郷だったため、町を歩くとかつて自分が感じていた鹿児島と、今の鹿児島が常に二重写しに見えているかのような不思議な気分になった。
長い間、心の中で、ふるさとは昔のままの姿で立ち止まっていたのだから、そこから現在に向かって、時間は一気には動き出さなかった。多くの地名が、子供の頃の記憶を強烈にくすぐり、過ぎ去った過去の中を泳いでいるかのような感じだった。
僕が知っているふるさとの町には、まだコンビニは皆無だったし、スーパーも市内に何件も無かった。甲突川周辺は、平成5年のいわゆる「8・6水害」で壊滅的な被害を受け、橋は架け替えられ、町全体の様子もすっかり変わっていた。
そんな見知らぬ町に、タイヨー、まるい、ニシムタなど、知らない名前の店舗が立ち並ぶ様子を見る気分は、まさに「浦島太郎」そのものだった。
そんな中に「しもんそマルヒラ」なるチェーン店もあったわけだが、この店名だけは、知らぬながらも妙に心をくすぐり、他でもない、まさに鹿児島に帰ってきたんだな」という気分にさせられた。
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― しもんそ ―
この鹿児島弁のネーミングはなかなか上手いと思った。 自分の知らない子どもが、親し気な笑顔を浮かべながら鹿児島独特のイントネーションで悪戯っぽく話しかけてきたような、そんな親近感を抱かせた。
この「しもんそ」なる言葉、県外で生まれ育った方にとっては、フランス語のように聞こえるのではないかと思うが、鹿児島弁で「しましょう」の意。英語の“Do It Yourself”に当たる言葉だ。それも「やろう!」みたいなカジュアルな感じではなく、やさしく上品なニュアンスを持った言葉だ。
Uターン後、20年経った今でも、我が家を一歩踏み出すと、新しくなった町から、この「しもんそ」を始め、商店や個人病院の屋号として掲げられた鹿児島独特の苗字、地名、常緑樹に覆われた近隣の山々や、町行く人々の口から聞こえてくる鹿児島弁等々、そこかしこに転がっている様々な「ふるさと」が饒舌に話しかけてくる。
これは、県外生活をしたことのなかった若い頃には抱き得なかった感覚だ。
昭和に生まれ、平成が過ぎ去り、令和となった現在、新しさの中に懐かしさも混在する「新しいふるさと」で、たまに昔をふりかえりながら「今」を生き、そして、もうすぐまた新しい年を迎えようとしている。
(2024年 12月)