「記憶の断片 ~ 中学に入学して間もない頃」
1968年。小学校を卒業し、鹿児島市立城西中学に進学。
それまでの半ズボンから、黒づくめの学生服に衣替えし、何から何まで新鮮な中学生活が始まった。不安と緊張を抱えながらも、明るい期待感に包まれる。そんな相反する気持ちを持て余し気味だった。
そんなある日、登校中の町角で、どこからか漏れ聞こえてきた歌声に耳を奪われた。
「きれいな声だな」
それまで聞いたことの無い、高く響き渡る澄んだ歌声。
たぶん新人歌手だ。
聞こえてくる歌詞は、目の前の現実とは程遠いファンタジックな世界を描き出している。それまで耳にしていた多くの流行歌とは異質な世界観。
ふと立ち止まり、目の前の現実から解き放ち、異世界へと誘われているような不思議な感覚に包まれた。
「どんな人が歌っているのだろう?」
想像を搔き立てられた。
数日後、その答えにたどり着いた。
テレビの歌番組でその歌を歌っていたのは、新人歌手などではなく、意外にも、よく知られたバンドのメンバーだった。
ただし、メインボーカルは、これまで一人目立っていたボーカリストではなく、その横に立ってギターを抱えていた目立たない人。
「このバンドに、こんな人がいたのか・・・」
そして、この人の声に魅せられ、少ない小遣いをはたいて生まれて初めて買ったシングルレコードがこの曲だった。
歌われている内容が、個人的な恋愛感情などでなく、人類の平和を願う崇高なテーマ。心が洗われる思いだった。
購入したのがどこの店だったかも覚えている。
学校から帰る途中、仲の良かった級友とお喋りを楽しみ、よく立ち寄ってはあれこれと冷やかしていた個人経営の小さな店。鹿児島市電護国神社前電停そばにあった小さなレコードショップ。
今では、その店も電停も存在しない。国道3号線を走っていた伊敷線が廃線となって、はや40年になる。