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「甲突川のアオサギ」

 我が家を出て5~6分歩くと、甲突川に架かる玉江橋に出る。

 鹿児島市のほぼ中央を東西に流れる甲突川。
 江戸末期、薩摩藩が編纂した『三国名勝図会』によると、当時の正式名称は「神月川」であり、「甲突川」というのは俗称だった。
 川沿いに下級武士たちが居住する加治屋町などがあり、勇猛な示現流の稽古に励んでいたところから「甲冑を突く」という意味の字を当てたらしい。

 現在の住まいは、亡き両親が建てたものだが、川のそばにあり、その川に向かうと、やや右に橋が架かっているという点で、それ以前に住んでいた家々と共通している。
 自分が3歳直前に住んでいた鷹師町、生誕地の加治屋町もその条件に当てはまっている。さらには、実家から離れ20年間住んだ長野県上田市中之条の家もそうだった。
 偶然と片付ければそれまでだが、ある時、ふと思った。これは偶然などではなく父の無意識の選択であり、それを息子の自分が引き継いだものではないか・・・。
 上田市に住んでいた頃、鹿児島の実家(現在の住まい)に電話して確かめてみたことがある。父が少年時代を過ごした実家が川のそばにあり、川に向かうと右側に橋が架かっていたのではないか・・・。
 答えは「Yes」だった。
 我が身を振り返ってみると、川をそばに感じながら日々の生活を送ることに居心地の良さを感じている気がする。親から受け継いだものなのか・・・。
 それ以外にも、未だ気付いていないことで「親から受け継いだもの」は、多々あるのだろう。

 川べりを歩くことが好きで、甲突川と並行して走る国道3号線より、多少遠回りでもそちらを選択して歩くことが多い。
 甲突川には、魚類や鳥類など多数の生物が生息するが、中でもつがいのカルガモが水面を泳ぐ姿や、アオサギの美しい立ち姿には目を奪われる。

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