「ちょっと見不良青年との飲み屋での一夜」
長野県上田市に住んでいた20数年前の話です。
家からほど近い所に『戦国』っていう行きつけの居酒屋がありました。昔、ロックバンドでドラムを叩いていたという音楽好きのマスターとの語らいが楽しくて、足しげく通っていました。
居酒屋には色んな客がやってきます。皆が品行方正な客とは限らないわけで、たまには、店の外に出て喧嘩している若造たちもいたりするわけです。そのマスターは、そういった困った客に向かって、普通とはちょっと違った対処をする人でした。
「お前ら喧嘩するのは結構だけど、そこじゃ営業妨害になるからな」
ここまでは、まあ普通と同じです。
「だから、うちの2階に上がってゆっくり喧嘩しろ。どこで喧嘩したって迷惑なんだから、そこを使いな。今日は貸切の客もいないから、朝まで喧嘩してろ。だけど、物を壊すなよ。壊したら弁償だからな」
そういって、店に招き入れてしまうのでした。
そうするとワルガキたちも、極端な行動にも出られず、受け入れてもらった嬉しさから、「マスターには迷惑をかませんから」
なんて言い出すわけです。
あのマスターと付き合うようになってから、ずいぶん考えも変わりましたね。
長野市でイベントでの演奏を終えた夜、1人で夜の街に繰り出したときのことです。ある店の片隅で、1人で飲んでいる若者がいました。茶髪で服装も豹柄のシャツなど着ていて、見るからにワル。何を考えているのか眉間に皺を寄せて睨みを利かせながら黙って飲んでいます。そんな感じだから、周りは皆敬遠して、近寄ろうともしません。
その、妙に存在感を振りまいている若者に何となく興味を持ち、こちらも1人だったので声をかけてみることにしました。目付き悪いなあと思ったのが本心でしたが、
「お兄さん、なかなかいい目付きしてるね。何か心にいいもの持ってそうな感じがするよ。今日は、俺も1人で退屈してたとこだ。たぶん一夜限りのお付き合いになるけど、それでよければご一緒してもらえないかい? 嫌なら無理にとは言わないけど・・・」
そういうと、少し戸惑いを見せながらも「いいですよ」と同じテーブルに付くことを受け入れてくれました。
話をしてみると、その若者は、ロックバンドをやっていてヴォーカルを担当しているとのこと。ためしにカラオケで歌ってもらったら、いい声をしているし歌も上手い。
「おお、歌上手いねぇ!」
そう言って褒めると、それまでとは打って変わって、可愛い笑顔を浮かべるじゃないですか。険しい顔をしている間は気づきませんでしたが、アイドル系のきれいな顔立ちをしています。バンドでヴォーカルをやっているだけのことはあると思いました。
心がほぐれてきたところで、
「さっきはきつい顔してたけど、何でなの?」
と訊いてみました。
すると、彼は話し始めました。
「パンク・バンドやってるんで、こんな格好してるんですけど、飲み屋じゃ大人の人に煙たがられたり馬鹿にされたりするんですよ。だからすっかり警戒心が強くなっていたんです。だから、今日は大人の人から声をかけてもらってすごく嬉しいです。」
相好を崩しながら言う姿は、最初の顔とは、もう全くの別人のようでした。
それからは、互いに体験談を交えながら、何曲か歌ってもらうなどして、楽しい夜になりました。
頃合いを見計らって、またどこかで会ったら声をかけて欲しいという言い残し、笑顔で握手して別れました。
あれから、はや20数年。あの時の若者も、もう立派な中年になっているはずです。どうしているんだろうな? とたまに思い出すことがあります。
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