「遠い日の思い出 ~ 《廊下を走るな》」
ふと思い出した。
確か小学校2年生だったある日のこと。放課後、子どもたちのいなくなった学校の廊下を級友と二人並んで歩いていると、掲示黒板に「廊下を走るな」と書かれているのが目に入った。
誰も見ていない。
いたずら心がムズムズと沸きあがってきた。
文末の「るな」を消して「れ」と書き直した。
何も本心で書いたわけじゃない。その文字を見てそれに従う生徒がいるわけがない。ちょっとした冗談のつもりだった。
その瞬間、背後から中年女性の声が聞こえた。
振り返ると、他のクラスの担任教師の顏が目に入った。
「しまった、見つかった!」
運の悪さを呪った。
胸のネームプレートを覗き込みながら、エラい権幕だ。
「〇〇さんって・・・、あのしっかり者のお母さんの息子さんなの? お母さんは立派な方なのに、どうしてこんなことするの?」
長々とお説教を喰らってしまった。
いつもそんな悪戯ばかりしていたわけではないので、叱られることには慣れていなかった。7才の哀れな小僧、消え入りそうにうなだれたまま、すっかり意気消沈。
ようやくその場から解放されると、横に並んで立っていた級友がこう言い放った。
「なんだよ、あんなの大したことじゃないのにさぁ、あんなくどくど言うことないよね~」
目くばせしながら、軽やかに言い放った。
その余裕のある態度が、意外だった。その時の顏が今でも鮮明に思い浮かぶ。
何十年振りかで彼の名を思い出し、懐かしい思いに駆られネット検索してみると、どこぞの会社の取締役がヒットした。そこには生年月日が記されていて、同学年だということも確認できた。
たぶん、あの時の彼だ。
「社長になったんだな・・・」
子どもだったあの日の姿と、イメージが繋がった。
ところで、何故今頃になって突然、子どもの頃のそんなことを思い出したのか・・・
70才を目前にした現在、「老化を急ぐな」という言葉が頭にチラつくようになり、記憶の底から「廊下を走るな」という言葉が揺り起こされたのであ~る。