「障害事件にされてしまった話」
古い日記を読み返していると、面白い記述があちらこちらに見つかる。
その時書いておかなければ、ここまで詳細には思い出せなかっただろうと思うと、
過去の自分に向かって
「詳しく書き留めておいてありがとう!」
と言いたくなるよ(笑)
では、そんな中から1例をご紹介。
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※ 2009年6月1日の日記より
もう一月以上前のことになるが、とある町で一人の男から言いがかりを付けられた。
午後4時頃だったろうか、背後から何やら喚いている声が聞こえてきた。そのときは、まさかその対象が自分だとは思いもしなかった。
その声は次第に自分に近づき、どす黒いおっちゃんの顔が目の前に現れた。
横柄な態度で、あまり品のよくない鹿児島弁で喚き散らすものだから、言葉が聞き取りにくい。
矛先をちょっと逸らしてみようと思い、
「服のボタンが一個外れてるよ。みっともないからハメなよ」
軽くおどけながら指差すと。
「どうでもいい!」
そう叫びながらも、モソモソとボタンを嵌めていた。
その姿がちょっと滑稽に感じられ、悪いけどガキみたいなおっさんだと思った。
こちらは冷静な対話を試みた。だが、あちらさんは興奮しまくっていて全く話にならない。とにかく理屈が通じないのだ。
勤務中でもあり先を急いでいたので、早くその場を去りたかったのだが、うるさく騒ぎ立て続け、放してくれようとしない。
横暴な態度への不快感と、急いでいるのに話が通じず動きが取れないことへの苛立ちが募り、むかむかと腹が立ってきた。
その感情は、自分でも意外なほど、瞬間的に膨れ上がり、荒波のように押し寄せてきた。
「いい加減にしろ!」
そう叫びながら、男の横っ面を引っ叩いた。
結果、男は携帯電話で110番通報。
生まれて初めて、
おめでたいことに、
警察の取調室から華麗なる招待を受ける運びとなった。
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― たかが平手打ち一発だ。どうってことないだろう。
自分にそう言い聞かせつつ、30代と思しき担当警官に、状況を詳しく伝えることにした。小説の一部を書くようなつもりで、男の行動やこちらの心理がリアルに伝わるように、努めて細かく話した。
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「ちょっとお話しただけですが、めどうさんがどんな人だか分かりますよ。よくある事なんです。感情的にはよく分かります。でも手を出したのはまずかったですね。犯罪になってしまうんですよ。私も飲みに行ったときなんか、たまに絡まれることもあるんですが、逃げますもん。」
などと、次第に打ち解けてきた。
警察側は、示談で収めようとしたのだが、原告が首を縦に振らなかったため、事件として扱われることになった。
罪名は『暴行罪』。
別室にて写真撮影と身体測定が行われ、指紋を取られた。犯罪者リストに名前を連ねてしまったのである。
「いや、もう2度と同じことはしません。私も初めは冷静だったんですよ。だんだん腹も立ってきましたが、それでも我慢してたんです。でも、9割まで我慢しても、結局手を出してしまったら、それまでの我慢も意味がなくなりますね。我慢し通せる人が偉い。そう思うことにします。」
「それがいいです。お願いします。」
取調べを終えて建物の外にでると、すっかり日が暮れて、辺りは暗くなっていた。
要した時間は、3時間ほどだったか・・・。
こんなに面倒なことになるのだったら、二度と同じことはすまいと思った。
ともあれ、取り調べも終わり、事態は収束した・・・、と思っていた。
が、事はそれだけでは収まらなかった。
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数日後、中央警察署から呼出の電話あり。
相手側が診断書を提出してきたという。
一旦「暴行罪」として提出した調書を破棄し、新たに「傷害罪」として書き直さなければならないとのこと。
憂鬱だった。
後遺症でも出たのだろうか?
このところ筋トレを続けていたから、思ったより強く殴ってしまったのだろうか?
などとあれこれ考えてしまった。
だが、警察署で待ち受けていたのは、意外にもニコニコと笑みを浮かべた刑事さんだった。
「これは、取調べとは関係のない、私個人としての感想ですが・・・、調書を見る限り、めどうさん、損をされましたね。
診断書が提出されているので、一応、傷害事件という扱いになりますが、書かれている内容は首をひねりたくなるようなものです。こんな診断書が出されたのは見たことがありません。」
― 怪我の程度 極軽症
治療に要する期間 3~4日 ―
刑事さんに問い掛けてみた。
「この『治療』って、何でしょう? 湿布ですかね?」
それに対しては、
「ふふ」
首を傾げながらの笑みだけが返ってきた。
「ここから先は検察庁の決めることなので、100%とは言い切れませんが、過去の例を参考にすると、偶発的な事件で前歴も無いので、たぶん不起訴になると思います。」
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まあ、なんというか、どうやら大したことにはならないようなのだが、こんなことは一度体験すれば、それだけで、もう十分である。
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2009年6月30日
前回の取調べ時に、相手が処罰を望んでいることを伝えられた。
「軽く考えてました。簡単に態度を軟化させる相手じゃなさそうですね」
検事さんも頷いた。
「どうしたらよいでしょうか?」
「それについては、私たちも一緒に考えます。今日のところは一先ずこれでお帰りください」
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以来、ずっと憂鬱だった。何度となく事件のことを振り返った。
そして、昨日電話があり、本日2度目の日の取調べが行われた。終了後、相手の態度が変わったことを告げられた。
「謝罪はいらないそうです。治療代も請求しないと言ってます。たぶん、ここに来てもらうのも、これで最後になると思います。今後、1ヶ月ほど何も連絡が無かったら、何事も無く終わったと思ってください。」
ひとまずほっとした。
友人の一人に報告の電話をすると、
「取調べっていやだよね。犯罪者扱いだからね。写真を撮られ、指紋を採られて、整理番号を付けられるんだからね。」
「よく知ってるね」
「実は、僕も人を殴ってしまったことがあってね。若い頃だけど・・・。取調べが終わってほっとしたでしょう。何もなくてよかったね。今夜は飲もうか?お祝いだ。」
というわけで、これから出かけます。
詳細はまたのちほど。
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残された記述はここまでで、この後「詳細」については書かれていません。
先方が、なぜ訴訟を取り下げたのか、現時点で振り返って考えてみました。
検察庁で、確かこんなやり取りがありました。
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勤務時間中に拘束されたことによって損害は発生していないか。
時給で動いているので、損害が無かったとは言えない。
金額にして、いくらぐらいになるか?
それに対して、ざっと計算して答えた。
それを請求することもできるが、どうするか?
そんな細かいことまで要求するつもりはない。
もし、相手が訴訟を取り下げなかったらどうするか?
そうなったら、賠償請求するしかない。
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その会話のことを、その時は大して気に留めていなかったのですが、今思えば、検事さんは、この内容を記録して先方に伝えたことでしょう。
ここからは想像になりますが、その結果、向こうからの治療代の請求より、こちらの損害賠償のほうが額が大きくなるため、相手は損得計算で訴訟を取り下げることにしたと・・・、まあそういうことではないかと思われます。