見出し画像

「障害事件にされてしまった話」

 古い日記を読み返していると、面白い記述があちらこちらに見つかる。
その時書いておかなければ、ここまで詳細には思い出せなかっただろうと思うと、

 過去の自分に向かって 

 「詳しく書き留めておいてありがとう!」

 と言いたくなるよ(笑)

  では、そんな中から1例をご紹介。

     ***  ***  ***

   ※ 2009年6月1日の日記より

 もう一月以上前のことになるが、とある町で一人の男から言いがかりを付けられた。

 午後4時頃だったろうか、背後から何やら喚いている声が聞こえてきた。そのときは、まさかその対象が自分だとは思いもしなかった。

 その声は次第に自分に近づき、どす黒いおっちゃんの顔が目の前に現れた。

 横柄な態度で、あまり品のよくない鹿児島弁で喚き散らすものだから、言葉が聞き取りにくい。

 矛先をちょっと逸らしてみようと思い、

 「服のボタンが一個外れてるよ。みっともないからハメなよ」

 軽くおどけながら指差すと。

 「どうでもいい!」

 そう叫びながらも、モソモソとボタンを嵌めていた。
 その姿がちょっと滑稽に感じられ、悪いけどガキみたいなおっさんだと思った。

 こちらは冷静な対話を試みた。だが、あちらさんは興奮しまくっていて全く話にならない。とにかく理屈が通じないのだ。

 勤務中でもあり先を急いでいたので、早くその場を去りたかったのだが、うるさく騒ぎ立て続け、放してくれようとしない。

 横暴な態度への不快感と、急いでいるのに話が通じず動きが取れないことへの苛立ちが募り、むかむかと腹が立ってきた。

 その感情は、自分でも意外なほど、瞬間的に膨れ上がり、荒波のように押し寄せてきた。

 「いい加減にしろ!」

 そう叫びながら、男の横っ面を引っ叩いた。

 結果、男は携帯電話で110番通報。

   生まれて初めて、
    おめでたいことに、
  警察の取調室から華麗なる招待を受ける運びとなった。

      **

 ― たかが平手打ち一発だ。どうってことないだろう。

 自分にそう言い聞かせつつ、30代と思しき担当警官に、状況を詳しく伝えることにした。小説の一部を書くようなつもりで、男の行動やこちらの心理がリアルに伝わるように、努めて細かく話した。

      **

 「ちょっとお話しただけですが、めどうさんがどんな人だか分かりますよ。よくある事なんです。感情的にはよく分かります。でも手を出したのはまずかったですね。犯罪になってしまうんですよ。私も飲みに行ったときなんか、たまに絡まれることもあるんですが、逃げますもん。」

 などと、次第に打ち解けてきた。

 警察側は、示談で収めようとしたのだが、原告が首を縦に振らなかったため、事件として扱われることになった。

 罪名は『暴行罪』。

 別室にて写真撮影と身体測定が行われ、指紋を取られた。犯罪者リストに名前を連ねてしまったのである。

「いや、もう2度と同じことはしません。私も初めは冷静だったんですよ。だんだん腹も立ってきましたが、それでも我慢してたんです。でも、9割まで我慢しても、結局手を出してしまったら、それまでの我慢も意味がなくなりますね。我慢し通せる人が偉い。そう思うことにします。」

 「それがいいです。お願いします。」

 取調べを終えて建物の外にでると、すっかり日が暮れて、辺りは暗くなっていた。

 要した時間は、3時間ほどだったか・・・。

 こんなに面倒なことになるのだったら、二度と同じことはすまいと思った。

 ともあれ、取り調べも終わり、事態は収束した・・・、と思っていた。


 が、事はそれだけでは収まらなかった。

      **

 数日後、中央警察署から呼出の電話あり。
 相手側が診断書を提出してきたという。
 一旦「暴行罪」として提出した調書を破棄し、新たに「傷害罪」として書き直さなければならないとのこと。

 憂鬱だった。

 後遺症でも出たのだろうか? 
 このところ筋トレを続けていたから、思ったより強く殴ってしまったのだろうか? 
 などとあれこれ考えてしまった。

 だが、警察署で待ち受けていたのは、意外にもニコニコと笑みを浮かべた刑事さんだった。

「これは、取調べとは関係のない、私個人としての感想ですが・・・、調書を見る限り、めどうさん、損をされましたね。
 診断書が提出されているので、一応、傷害事件という扱いになりますが、書かれている内容は首をひねりたくなるようなものです。こんな診断書が出されたのは見たことがありません。」

 ― 怪我の程度 極軽症
   治療に要する期間 3~4日 ―
 
 刑事さんに問い掛けてみた。 

 「この『治療』って、何でしょう? 湿布ですかね?」

 それに対しては、

 「ふふ」

 首を傾げながらの笑みだけが返ってきた。

 「ここから先は検察庁の決めることなので、100%とは言い切れませんが、過去の例を参考にすると、偶発的な事件で前歴も無いので、たぶん不起訴になると思います。」

      **

 まあ、なんというか、どうやら大したことにはならないようなのだが、こんなことは一度体験すれば、それだけで、もう十分である。

     ***  ***  ***

     2009年6月30日

 前回の取調べ時に、相手が処罰を望んでいることを伝えられた。

 「軽く考えてました。簡単に態度を軟化させる相手じゃなさそうですね」

 検事さんも頷いた。

 「どうしたらよいでしょうか?」

 「それについては、私たちも一緒に考えます。今日のところは一先ずこれでお帰りください」

      **

 以来、ずっと憂鬱だった。何度となく事件のことを振り返った。
 そして、昨日電話があり、本日2度目の日の取調べが行われた。終了後、相手の態度が変わったことを告げられた。

 「謝罪はいらないそうです。治療代も請求しないと言ってます。たぶん、ここに来てもらうのも、これで最後になると思います。今後、1ヶ月ほど何も連絡が無かったら、何事も無く終わったと思ってください。」

 ひとまずほっとした。

 友人の一人に報告の電話をすると、

 「取調べっていやだよね。犯罪者扱いだからね。写真を撮られ、指紋を採られて、整理番号を付けられるんだからね。」

 「よく知ってるね」

 「実は、僕も人を殴ってしまったことがあってね。若い頃だけど・・・。取調べが終わってほっとしたでしょう。何もなくてよかったね。今夜は飲もうか?お祝いだ。」

 というわけで、これから出かけます。

 詳細はまたのちほど。

     ***  ***  ***

 残された記述はここまでで、この後「詳細」については書かれていません。
 先方が、なぜ訴訟を取り下げたのか、現時点で振り返って考えてみました。
 検察庁で、確かこんなやり取りがありました。

     **

 勤務時間中に拘束されたことによって損害は発生していないか。

 時給で動いているので、損害が無かったとは言えない。

 金額にして、いくらぐらいになるか?

 それに対して、ざっと計算して答えた。

 それを請求することもできるが、どうするか?

 そんな細かいことまで要求するつもりはない。

 もし、相手が訴訟を取り下げなかったらどうするか?

 そうなったら、賠償請求するしかない。

      **

 その会話のことを、その時は大して気に留めていなかったのですが、今思えば、検事さんは、この内容を記録して先方に伝えたことでしょう。

 ここからは想像になりますが、その結果、向こうからの治療代の請求より、こちらの損害賠償のほうが額が大きくなるため、相手は損得計算で訴訟を取り下げることにしたと・・・、まあそういうことではないかと思われます。
   

いいなと思ったら応援しよう!