見出し画像

「鹿児島のラーメン」

 2年前、鹿児島へUターンすることになり、ふるさとの色んな物への再会を楽しみにしていた。

 鹿児島のラーメンもそんな中の一つ。

 僕が初めて東京に出たのは、ラーメン・ブームが起こる遥か以前のことで、現在のように情報が行き渡っていなかった。
 鹿児島で、「味噌」とか「塩」などを冠せずに「ラーメン」と言えば、とんこつスープに白っぽい麺、キャベツ、人参の細切り、モヤシ、刻みネギが、少量ずつと、チャーシューが2枚ほど乗っているものが出てくるのが常だった。(最近は、少々多様化が進んでいるようだが)。
 鹿児島しか知らなかった僕は、全国どこに行ってもそんなものだと思いこんでいた。

 「その瞬間」を今でもはっきり覚えている。
 板橋区蓮沼。住んでいた安アパートの隣にあった大衆食堂。

 醤油スープにチリチリ麺、そこにシナ竹が乗っているという、今思えば普通の醤油ラーメンなのだが、出された瞬間驚いた。
 黒っぽい醤油スープは、なんか汚れているかのように貧弱な色彩。縮れた麺は、まるでインスタント・ラーメンのように見えた。
 
 ー 何だこの手抜きラーメン! ー

 口にこそ出さなかったが、味など分からないほどの烈しい怒りを持て余しながら無言で食べ終え、以後、その店では一度もラーメンを注文しなかった。
 まだ、自分が「わざわざ意識して」関東弁を話さなければならなかった痩せっぽちの19才だった頃の、春の日の思い出だ。

 その後、ラーメンに関する無知も解消され、鹿児島のラーメンが決して日本におけるスタンダードではないことを知ることになるが、ラーメンがブームになるまでは、鹿児島ラーメンは、全国的なブランドだと思い込んでいた。「ラーメンと言えば、札幌か鹿児島」ぐらいに思っていたのである。

 時とともに、さらに認識は変わってゆくことになるが、

 ― 誰が何と言っても、自分にとっての最高のラーメンは
     鹿児島ラーメン ―

 という思いは断固として持ち続けていた。

 ところが、Uターン後、その「鹿児島ラーメン」も、自分が思い込んでいたほど、一定の形を持たないことを知った。

 専門店「くろいわ」のラーメンが、子供のころ食べていたラーメンに近いようだが、その店も創業31年。ぼくが故郷を離れる前の年にオープンしたわけで、子供のころよく食べていたラーメンとは、微妙に違う。

 そんなわけで、「かつて体験した味を探す」という欲求が高まり、今年前半あたりに、それがピークに達した。

 季節も夏から秋、そして冬へと変わり、ラーメンを食べ歩くには最適の季節となったが、暑い間に鹿児島のラーメン・サイトで仕入れた情報を元に食べ歩くうちに、かつて体験した味を捜し求める欲求とは別に、様々な味との出会いも楽しみになってきた。

 24日の昼は、天文館商店街まで行って、ある鹿児島ラーメン・サイトの番付表で“東の横綱”にランクされた「ふくまん」に行ってきた。

 その存在を知ってから、だいぶ月日も経ち、出会いへの欲求が高まっていたので、店を初めて確認したときは、ときめきにも似た感情を抱いてしまった。
 混雑を避けようと思い、1時過ぎてから戸を開けたのに、満員。立って待っているお客さんもいる。食べるために並ぶなんて、それまでしたことがなかったので一瞬迷ったが、わざわざそこを目指して辿り着いたのだから、その行為を無駄にしたくなくて、人生で初めて並んで待つことにした。
 約10分後、席がひとつ開き、さらに10分後、待望のラーメン550円が出てきた。

 九州のラーメンにしては、あっさりしている。透明な醤油豚骨スープ。上品な感じで、スープは最後の一滴まで飲める。繰り返し食べても飽きない感じがする。美味しかった。
 
 そして昨日は、薩摩川内からの帰りに、串木野の“まぐろラーメン”を、初めて食べてみた。
 その存在を知ったときには、あまり食指が動かなかった。まぐろとラーメンの組み合わせがピンと来なかったし、美味しそうなイメージが湧かなかった。

 しかし、ラーメン検索などを繰り返しているうちに、次第に抵抗感も薄れ、とにかく一度試してみようという気になった。
 まぐろラーメンを提供する店はいくつかあるが、以前仕事で立ち寄ったとき、満員で入れなかった「味工房みその」に決定。


 満を持して11時という早い時間に行った。

 入ってみると店内のレイアウトは、ラーメン屋というより割烹料理屋のような気品の感じられる和風で、内心「お!」。

 黒い大きめの丼。あっさり半透明の醤油味スープに細めのちぢれ麺。2軒続きでの、あっさり味との遭遇であった。

 「魚のスープ」であることから想像される生臭さは全くなく、十分過ぎるほど上品な味わい。まぐろ漬けが、チャーシューのような薄切りで、舌触りもなめらか。まぐろ丼のような分厚いものを想像していた自分がおかしく思えた。
 
 何だか、書いてるうちにお腹がすいてきたよ(笑)

                    (2005年12月)




いいなと思ったら応援しよう!