「エルトン・ジョンの『Your Song』(スタジオ版)について詳細に語ってみたい」
誰もが知っているメガヒット曲。わざわざ説明する必要もないかもしれませんが、あえて語ってみることにします。
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シンプルなイントロに続いて聞こえてくる
冒頭の歌詞
― It"s a little bit funny ー
この部分で、なにか胸騒ぎを感じませんか?
もっとピンポイントで言うと
― faunny ―
という単語が聞こえてきた瞬間。
ここでコードが、メジャーセブンスに移行します。
安定感のある三和音とは違って不安定な和音。
しかも、主旋律はその中でも、最も不安定な第7音です。
その上に、メロディーに乗せて「funny」なんていう言葉が聞こえてきます。
この瞬間に、心がざわざわと揺さぶられます。
もちろん、エルトンは、それを計算に入れているでしょう。
まだティーンエイジャーだった僕も、この瞬間に心を奪われました。
別な角度から触れてみたいと思います。
― It’s a little bit funny ―
この部分ですね。その中でも、
― It’s a little bit ―
遠慮がちな歌詞とメローディーが、絶妙にシンクロしています。
動きの少ない、細かく揺れる動き。メロディーというよりは、つぶやきのようです。
その細かく揺れ動くメロディーから、
― funny ―
この言葉が、突然現れ、長く引き伸ばされます。
エルトンが、まず最初に強く印象付けたい言葉だということが感じられます。
再度、角度を変えて話してみようと思います。
調はEb.。
これが実に微妙な調なのです。
半音下げると「D」、半音上げると「E」
どちらも、明快な主張を持っている調で、Dだと高らかな主張。Eだと、朗らかな明るさを感じさせます。
それが、Eb となると、穏やかな落ち着いた性格を帯びる。さらにAb になると、さらに深みが増し、気高い香りが漂う。
この辺りは、絶対的なものではなく、様々な楽曲から受けるおよその印象ですが・・・
Ebのこの曲。開始音は、主和音の中の第三音です。
かなり重要なファクターだと思います。
説明するまでもなく、三和音は、根音、第三音、第五音の三つの音で構成されています。
この三つの音の、それぞれの性格の違いについて、感じていることを勝手に話してみたいと思います。
まず「根音」。
最も安定した音で、「安定」「落ち着き」「断定」「信念」といった概念を表現するのに適していると思います。
次に「第五音」。
主音から最も遠い音であり、「明るさ」「夢」「希望」「解放感」「エネルギッシュ」、などの感覚を表現するのに適しています。
最後に、この曲の開始音「第三音」。
先に触れた二つの音の中間的な性格を持っていて、「穏やかさ」「やさしさ」「内向的」「ささやき」「戸惑い」、といった表情を表すのに適しています。
続いて聞こえてくるのがこの歌詞。
― this feeling inside ―
“inside”という内向きの言葉と同時に、初めてマイナーコードが鳴らされます。
言葉の意味とコードの性格とが一致しています。
メジャースケールの構成音で形成されるマイナーコードは、Ⅱ Ⅲ Ⅵ の三種類。
響きだけならば、この三つは全く同じではありますが、主音との関係性において、その性格は微妙に異なってきます。
短三和音の持つ暗さや重さ、強い意志などが最も強く感じられるのが、主和音のⅢ度下で鳴らされるⅥの和音。並行短調の主和音であり、なにか深淵に辿り着いたかのようなずっしりとした重たい安定感があります。
Ⅱの和音は、主和音のⅡ度上で鳴らされ、3つの構成音が主和音とまったく重ならない。むず痒いような浮遊感もあり、柔らかさ、やさしさ、暖かさを表現するのに適しているように思えます。
残るⅢの和音が、“inside”という言葉と同時にならされる和音。
根音が主和音の構成音であり、そうではないⅥの和音に比べると、短三和音としての暗さや強さといった主張は強く迫ってこない。主和音の性格に寄り添うように、半分くらい溶け込んでいるようにも感じられる。
そういった意味でも、歌の主人公の心の中へと向かう歌詞とのニュアンスの一致が感じられます。
そのあとに続いて、こんな歌詞が聞こえてきます。
― I’m not one of those who can easily hide ―
この部分のメロディーは、冒頭の部分と音型が似通っています。先行する4小節をAとすれば、続く4小節はA´。
メロディーは似ているものの、AとA´は、歌詞の内容がそうであるように、音楽的にも対照的な性格を持っています。
歌詞の上では、本音への導入的な性格を持つAに対して、A´は「本当に言いたいこと」を伝えています。
音楽的には、
Aの部分
①主調
②G音(第3音)中心としたメロディー
③ベースは主に主音を鳴らしている
これに対し、
A´の部分
①並行短調
②Eb(主音)を中心としたメロディー
③ベースは順次進行で下行する
A=安定 に対して、A´=変化 という対比が成り立ちます。
A´の部分では、まず“I’m not one of” という主張の強い言葉が、並行短調という強い感情を伴った響きの上で発せられ、その後、最も言いたい言葉に向かって、推進力を持って進行して行きます。
暗い響きの短三和音から始まり、ベースは階段を一段ずつ踏みしめるように下りてゆく。マイナー7th第三転回型、ディミニッシュという、後続和音への動きを内在する響きを経て、メジャー7th という明るい響きに至ります。
その瞬間 、発せられるのが ―(easily)hide ― という言葉。
主人公が、強い意志を持って「そうじゃないんだ」と否定する言葉です。
和音は、― It!s a little bit funny ― “funny”という言葉が発せられた瞬間と同じ印象的な響き。
小楽節の末尾同士が“inside”と“hide”で、韻を踏んでいますが、小楽節の冒頭と最後部では、「和声的な韻」を踏んでいます。
このB´の部分は、この後にやってくる、曲のクライマックス
“I hope you don't mind, I hope you don't mind
that I put down in words”
という部分と同じコード進行になっており、Aの部分とだけではなく、そちらともコントラストを形成することになります。
このように、言葉の一つ一つに曲が微妙に寄り添っているだけでなく、全体の構成も、実に巧みに構築されています。
たぶん、天才エルトンは、特に熟考することもなく、ここに記したような、いくつもの音楽的要素を感覚的に捉え、流れるように作曲したのだと思います。
そこに、ポール・バックマスターの繊細な室内楽アレンジが絡み、さらにエルトン自身による囁くような歌声、そういった様々な要素が絶妙に溶け合い、歴史的な名演になっています。