「足ふきマットとの悪戦苦闘 ~ その昔見かけた何気ない光景」
今の自動ドアは、ほとんどがセンサー式になっているが、昔はマットスイッチ式が主流だった。
今から30年以上前、センサー式のものが出始めた頃のこと、車の運転中、赤信号で停車しているとき、近くの小さな郵便局の前で、中に入ろうとしている小柄な老人の姿が目にとまった。足拭きマットの上に立ち、中腰になって踏み固めるような動作をしていた。どうやら、なかなか反応しない扉に苛立っているようだった。
やがて、その人は、そのドアがセンサー式だと気づき、まず上を見て電波の向きを確かめ、その方向を視線でたどってから立ち位置を決め、手足をまっすぐに伸ばし「気を付け」の姿勢でそこに立った。するとガラスのドアは音も無くスーっと開いた。実際は静かな音がしていたのだろうが、交差点上の車からはサイレントに見えた。その男性は誇らしく胸を正した姿勢で、スタスタと中に入っていった。ただそれだけの短い場面がなんだかとても可愛いくて、ハンドルを握ったまま思わず吹いてしまった。
マット式の自動ドアがほとんど見られなくなった今では、ちょっと考えられないレアな光景。ふと思い出して懐かしかった。
(2023年 9月)