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スプライト

 赤い光が窓から差し込む。
 真っ赤な稲光が幾筋も空を走る。地球のように、雷雲はない。降雨もない。何もない空に突然赤い稲妻が走る。大気が薄く、酸素が豊富なこの星では、雲が形成されない。
 そして、その豊富な酸素の影響で、地表のあらゆるものが酸化化合物になっている。要するに錆びている。部屋を赤く染める雷がなくても、窓からは赤茶けた景色しか見えない。
「赤い光は目に良いって聞いてたけど、まったく目が良くなった実感がないな。地球に帰ったら、あの部分は優良誤認だって担当に訴えてやる」
 私は独り言を呟いて、窓にカーテンを下ろす。独り言は、雑音となってカーテンに吸われる。私に仕事を振った奴の顔はもう思い出せなくなってるのに、事あるごとに担当エージェントへのクレームを言っている。
 この星に来てから、もうすぐ半年になる。もちろん、地球の基準で半年だ。この星の自転は、69.4時間かかる。約3日かかって、ようやく一回りだ。この星の自転を基準にすれば、まだ62日しか経ってない。私は腕時計のような端末を見ながら、時間の計算をした。
「やっと迎えの船が来るのか。えーっと、到着予定が30時間後か。長いのか短いのか全然実感がない。こんなに時間感覚を維持するのが大変だと思わなかったぞ。これも担当にクレームだ」
 私はぶつぶつ言いながら、そのまま端末で、最後の指示を機械に出す。この赤茶けた星に、人間はほとんどいない。そもそもが鉄鉱石といった酸化鉱物の採掘・精製以外に用のない星だ。ほとんど自動化された機械の保守をするエンジニアの人間が二人と医師が一人。このセクションには、管理人の私を入れても4人しかいない。
 エンジニアの二人は、機械の動作部分近くにいるため、最初の自己紹介で顔を合わせて以来全く会ってない。
 医師の方は、定期健康診断以外に基本的にやることがないので、だいたい引きこもってゲームをしているようだ。
 赤い星にあって、私たちは独立自由かつ私有財産があり、社会主義や共産主義ではない。それらを否定はしないが、コミュニティを形成できないレベルでお互いに会わないので、仕方がない。
 私は機械が正常に運転を始めたことを確認すると、次のチェック時まで眠ることにした。

 ベッドに腰を下ろすと、ガシャン!と音がする。脱げない鎧にうんざりする。
 腰を下ろしたところから、部屋の隅にある鏡が見える。
 鎧をまとっている中性的な顔が見える。鎧のすき間から、赤い触手を出して、恨めしく自分の皮膚と一体化した鎧を触る。
 3人の奴隷人間がうらやましい。サルから進化しただけあって、器用で、当然鎧もない。文明を築いたのもうなずける。
 しかし、スケーリーフットという元々深海にいた異端巻貝が、なんの因果か宇宙にまで出てくるとはね。

 大昔の地球では、深海にスケーリーフットは住んでいたらしい。
 そのままの方が幸せだったかもしれない。
 そう言えば、人間もよく昔は良かったと言っている。人間もスケーリーフットも考えることは一緒か。
 カーテン越しにまた部屋が赤くなる。近くで雷鳴がする。

 地球では、赤い雷が宇宙に向かって発生する。その現象をスプライトとかレッドスプライトというらしい。
 私たちの赤い触手も、きっと昔に宇宙へと手を伸ばしたんだろう。
「スプライトは宇宙へ伸びる私の触手……」

 呟きが溶け込んだ部屋の中は、寝息に合わせるように、赤い稲妻の光が点滅している。




七緒よう

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