17日目のやりとり
目の前に置いてある貰い物のプーさんの時計は、21時15分を過ぎようとしていた。
私はモニターの向こうのカジモトに、つい八つ当たりをしてしまった。「やる」と言ったのは自分だけど、こんなに大変だと思わなかった。毎日新作短編を書いて、しかもそれを100日間続けるなんて。
「なあ、知ってるか。秋に赤く色づく桜の葉は、埋められた死体の血を吸ってて、だからあんなに真っ赤に色づくんだよ。これはな、信じていいことなんだ」
小さな出版社の編集者であり、幼馴染でもあるカジモトがZOOMミーティング中に私の八つ当たりを無視して言ってきた。
「まだ紅葉の時期じゃないよ。また梶井基次郎?」
「ぶぶー、残念。これは、俺だよ」
ニヤニヤしながらドヤ顔してるのが、ちょっと腹立つ。
「どう?アンコ。桜が血を吸って赤くなるアイデアは」
「うーん、なんかピンとこない」
言ってから、我ながらひどいこと言ってるなと思う。さっき私が「翌日分以降のアイデアをくれ」と要求したから出してくれたのに。
カジモトが画面の向こうで椅子から立ち上がり、その周りを歩き回りだした。
「じゃあ、短歌は?」
「却下」
短歌を作ったことない人が一時間程度のタイムリミットで手を出すものじゃない。私は頭を抱える。
カチッと時計の針が動いた音がした。21時30分。
「もうさ、天気のこととかにしちゃえば?ほら、雨には記憶が詰まってるっていうじゃん」
カジモトの声が遠くなったり近くなったりしている。
私は、あっ!と声をあげてしまった。思いついた。21時45分
「ねぇ、カジモト、岩に記憶が宿るって話はどう?」
「化石ってこと?」
私はちょっと考えてから、「違う」と言った。
「そうじゃなくて、岩に記憶が染み入るの。それが風化で石になり、砂になり、雨で流され川へ行き、水に細かくなった岩の記憶が溶け出して──」
「ストップ」
カジモトに制止された。画面の中で両手の指を見せるように、カジモトがカメラの前で手を広げている。
「アンコ、もう時間がもったいない。書け!俺が見守っててやるから」
「うん、分かった!」
編者と作家ってこんな感じだったかな?まあいいや。22時00分。
「カジモト!私やる!あと一時間で書く」
私は岩にまつわる記憶の物語を書き始めた。
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