【日記】父の話
子供の頃、私は寝る前に父親に「お話して」とせがんでいた。仕事終わりで疲れていただろうに、父は毎晩のように私にお話をしてくれた。
これが中々クリエイティブな父親でオリジナルのお話もたくさんしてくれたのだが、如何せん私が毎晩新しい話を欲しがるので供給が追いつかず、既存の話もたくさんあった。中には今でも鮮明に覚えていて、思いがけずそのお話に出会い「あ、君ここ出典なんだ」となるものもある。
ひとつが、夏目漱石の「夢十夜」だ。
全部ではなくて、第三夜と第八夜をそれぞれ別日に聞いた。どちらの話も比較的わかりやすく子供だった私のウケもきっとよかったと思う。幼稚園児にする話か?とは思うが、そのおかげで私は夢十夜を定期的に読み返すような大人に育った。
第三夜は、おぶった子供が重くなっていく話。
第八夜は、床屋の鏡越しの不思議な世界のお話。
どちらも独特な妖しさがあり、単なる夢の話でしょ、と切り捨てることができない良さがある。そして第三夜は怖すぎ。もしまだ読んだことがない方はぜひ読んでみて欲しいです。夢十夜、最高ッス。
ちなみに、私は「幻妖の水脈」という本で夢十夜を読みました。この本は日本の怪奇(ホラー)的、幻想(ファンタジー)的な文学21篇を収録した本で、私のような文学にあまり触れてこなかった人間がさくっと手軽に幻想文学を楽しめてとても良い。
そしてふたつめが、「注文の多い料理店」だ。
これは普通に、なんか気付いたら宮沢賢治だと知っていたけど、私の中の初出は父の話だったように思う。
この話、ずっと大好きで今でも好きだ。
「さあさあ、おなかへおはいりください」
これ結構ちゃんと怖いし。
でも、ちょっとコメディタッチというか子供にも取っ付きやすいお話になっているのがさすが宮沢賢治大先生である。
これも結構宮沢賢治作品の中ではわかりやすいお話で、やっぱり父のチョイスは癖が強いけど一応私の楽しめるものを考えて用意してくれていたんだな、と。
みっつめは、2ちゃんの洒落怖「マイナスドライバー」。急に方向性が変わってごめん。私も見かけたときは普通にびっくりした。父も話すときに「これは父ちゃんが子供のときの話で……」とか言ってたから完全に信じていた。嘘かい。
もうネットのあちらこちらに散らばっている話なので、「洒落怖 マイナスドライバー」とかで検索していただくとありとあらゆるサイトが表示されると思います。もし気になる方は一番安全そうなサイトで読んでください。
話をざっくり要約しますと。
語り手が銭湯に行った際、ボイラー室的な部屋を鍵穴から覗いていたそう。楽しんで見ていたが、虫の知らせかぱっと身を引いたその次の瞬間、鍵穴からマイナスドライバーががちゃがちゃと乱舞していた……というお話。
普通にめちゃこわ、と私は思うんだけど、あんまりこの話が好きという人に出会ったことがない。
あと、この話は高校生の頃にネットで見て父のオリジナルじゃないことを知ったんだけれど、それと同時に後日談があることも知った。
個人的には、後日談で急に怖くなくなったというか、急に「いかにも」な創作のにおいがしてきたな……という感想だったので、後日談を語らなかった父の判断は至極英断だったと言える。後日談はその犯人がわかるっていう流れなんでね、やっぱり私や父は謎の多いホラーが好きらしい。
またこのお話に関しては、身近が故に妙なリアリティがあって、幼い私は本当に本当に怖がっていた。
実家ではたまに温泉に行く機会もあったのだが、このお話が怖すぎてしばらく温泉/銭湯拒否していた時期があったほどだ。そのせいで父が本当に反省してしまい(怖がらせすぎたと思ったらしい)、それから二月ほどホラーテイストのお話はされなくなった。二月経ったあとはガンガン怖い話してた。
◇ ◇ ◇
本当はたくさんたくさんお話してもらったのだが、未だに強く印象に残ってるのはこんなものだろうか。深く思い出そうとしたらまだ全然出てくる気はする。
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