面倒な食事
歳を重ねれば重ねるほど食事が面倒になってきた。
食欲が低下したという意味ではなく、何を食べるか考えることが面倒なのだ。
「わかるわかる。毎日違う献立を考えるのって面倒よね」
ちょっと違う。
食べたいものを好きに選べればいいのに、
”健康のことを考えて食材を選びなさい”
いつからか私の中にある、この強迫観念と格闘するのが面倒なのである。
スーパーで食材を選んでる時の頭の中はこうだ。
健康を考えるなら野菜は摂らなくちゃいけないな。値段が安いし、もやしにしよう。
いや待てよ、もやしは野菜に含まれるのか。栄養が全くないなんて話があったような気がするけど本当だろうか。
んん、もやしはやめてキャベツにするか。そういえばキャベツって緑黄色野菜だったかな、それとも違ったか。
そもそも緑黄色野菜とそれ以外の野菜をどのぐらいの比率で摂れば正解なんだろう。
まぁ、緑色の野菜ばかりじゃよくないだろうから人参も食べるか。でも昨日も人参だったし、今日はトマトにしよう。
あ、トマトは少し値が張るなぁ。贅沢はよくない、違うものにしよう。
人参とトマト以外に緑色じゃない野菜って以外とないな。かぼちゃを調理するのは面倒だし。
んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん。
このようなやりとりを延々と行い、終いには考えるのに疲れ、スーパーの中で茫然と立ちすくんでしまう。
野菜だけのことを考えるならまだしも、これに肉を摂るとか魚を摂るとか、乳製品が必要だとか、豆だとか。
あぁ、駄目。とても面倒。
私の体・細胞は何日か前の食事から成り立っている。だから何を食べるかは重要だ、という話を聞いたことがある。
理論としてはとても納得できたし、間違いないと思う。
ただ家庭的な食事をとっていた後の体も、コンビニ弁当ばかりを食べていた後の体も大して違いがないから困る。
例えば栄養が偏った食事を続けたあとは皮膚の色が緑色を帯びてくるとか、右腕と左腕の長さに違いが表れるとか、体の表面から異様な匂いが立ち込めるとか、わかりやすい形でサインを出してくれればいいのに。
もっと言えば今足りていない栄養素を含んだ食材がキラキラ光って見えるようになればいいのに。
あぁ人間の進化よ、もっと頑張ってくれ。
進化のスピードを加速させるんだ!
速く!
速く!
もっとはやく!
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人間の進化を待つ間にも腹は減るので、やっとの思いで買い物を終わらせ食事の支度をする。
いざ食事をする時、本当にこれでバランスのいい食事になっているのか不安を抱えながら咀嚼する。
こんな精神状態で食事しても全く楽しくない。なんでこんな気持ちで食事をしなくてはならないのか。
とはいえ自分の健康の為ではないか。私よ、耐えるんだ。
くそ。栄養の馬鹿野郎。人間の馬鹿野郎。
悲しみに打ちひしがれた食卓に、きっと冷たいテレビの音声が流れ込んでくる。
『長寿の秘訣ですか?そんなことは考えたこともないですね。私はステーキが大好きだからいつもステーキばかり食べてるんです。えぇ、野菜も食べずに。強いて言えばそれが秘訣ですかねぇ』
はぁ、やっていられない。