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人間が夢を見るのは、記憶の整理だとか、願望の表れだとか諸説あるけれど、往々にしてそんな説にまったくそぐわない夢を見ることがある。
わたしの夢には時折、亡き父や亡き友人が出てくる。最も大切に思っていた友人との関係が断たれてしまってからは、その友人も夢に出て来るようになった。

数々の夢の中には、なにか含みがあるような内容のものもある。そういう時は、一人勝手に考察して、その夢の意味を噛み締める。
逆にひどい悪ふざけみたいな不快な夢の時もある。そういう時は、所詮夢なんて何の意味も持たないと切り捨ててしまうのだった。

最近では、父が亡くなる夢を見た。夢の中の父はわたしの目の前でぶっ倒れた。事実、父は死に際に発作を起こし頭から転倒した形跡があるらしいが、だからといって死後8年が経った今、夢の中でそんなことを再現してどうする、という感じだ。少々趣味が悪いと言わざるを得ない。

そして今日は、関係が絶たれた友人と交流する夢を見た。わたしはその友人との関係が復活することをもう諦めているのに、この手の夢をたまに見る。以前は、夢だというのに喜んで友人とコミュニケーションを図り、起床後、虚しさに襲われる…といったことが何度かあったが、そんなこと有り得ないと自覚している今は、夢の中でただ戸惑うばかり。これがわたしの願望を表しているのかといえば、たぶん、そんなことはないのだ。

ただ今でも、これだけは本物に違いない、と思う夢がある。それは友人が亡くなってから約1年が経った頃――当人が夢に出てきたのだ。

夢の中のわたしは、やっぱり友人は生きていたんだと喜び、話しかけまくる。ベンチに座った友人は、そんなわたしの話をニコニコ聞いていた。
そんな時、わたしはふと我に返る。彼はもうすでに亡くなっているのだと気づいたのだ。そして、その頃のわたしは、彼が死んでいるという事実を100%受け止め切れていなかった。「もしかしたら、この世界のどこかで生きているのかも」という思いが心の奥底にあったのだ。
そこで彼に聞いた。
「ねぇ、生きてる?」
すると、友人は黙って首を横に振った。

この夢を見てわたしは、もう彼がこの世にいないことを受け入れた。そしてこれが、故人が夢枕に立つってことなんだろう。

▼過去に漫画として掲載しています。

すべての夢に意味があればいいとは思わないけれど、たまにはあの時の夢みたいに、誰かがメッセージを伝えてくれたら良いなと思う。

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