映画「千と千尋の神隠し」の指輪 〈映画の指輪のつくり方〉第77回
一度あったことは忘れないものさ、思い出せないだけで
2001年公開映画「千と千尋の神隠し」
文:〝美根〟(2023年9月25日連載公開)
私の初めての映画館体験は、小学校に入る前、まだ半分赤ちゃんだったけど母と叔母に連れて行ってもらった「千と千尋の神隠し」だった。映画館の音の大きさにびっくりして、母が持ってきていた緑のストールにくるまって隠れていたのでほぼ見れていなかったのだが、ハクにもらったおにぎりを食べながら泣く千尋を見て、一緒に悲しくなって泣いたのは覚えている。先日、ジブリパークに友達と旅行で行ってきたのだが、その展示のなかで、まさにそのおにぎりのシーンの絵コンテと映像があって、泣けてしまった。小さい時から泣きどころは一緒なんだな。
そんな思い出深い「千と千尋の神隠し」を今回紹介します。
【迷い込んだのは・・・】
引越し先へ両親と共に車で移動する千尋。父の運転する車で知らない道を進むと不思議なトンネルの前に出た。トンネルを抜けた先は、飲食店ばかりが立ち並ぶ不思議な街だった。人っこ一人いない不気味な街に怯える千尋をよそに、両親は勝手にお店の料理を食べ始めてしまう。一人、街を見て回る千尋は、大きな建物を発見する。そこへ少年が現れ「ここへ来てはいけない!」と千尋に急いで帰るよう強く促した。千尋が走って両親の元へ戻ると、両親は大きな豚に変わっていた。両親の服を着た二匹の豚は料理を貪り続け、店主に殴られていた。
千尋はトンネルに向かって街を出ようとするが、街からトンネルへ続いていた野原は水に溢れ、大きな湖のようになっていた。トンネルの方向からやってきた船からは人間ではない八百万の神様たちが現れた。この街は、神様たちをもてなす湯屋のある街だったのだ・・・・。というところから始まるお話。
【初めて見る世界】
独特な漢字の表記や字体、建物のエキゾチックで特徴的な装飾、キャラクターの造形など、千尋がもともといた世界からは全く違う世界に来てしまったようで、なんだか地続きというか、不気味ではあるが違和感がないような、私たちも知らぬ間に迷い込んでしまうのではないかと不安になるくらい、リアリティを感じるのはなぜなんだろうか。「不思議な世界」と、一言では片づけられない、商いと労働と生活が存在するシビアな世界、決してファンタジックな方向へは行かせない、より現実的な重厚さが、この映画の独特な味わいになっていると思う。
湯屋のモデルになった場所として噂になっている場所とかはあるけど、この世界を一から作るって凄すぎる。小さい頃から見まくってきた映画だから、麻痺してしまっていたが、この世界観を創造する力、それを多くの人に受け入れさせる力、この両立、やっぱりすごい。
【ジブリじるしの不気味さ】
ジブリパークに行った時にも思ったんだけど、それぞれの作品は自立しているのに、ジブリ印(じるし)というか、「あ、ジブリだ!」ってわかる感覚が全ての作品に共通してるのって面白い。その感覚の中には、一種の不気味さ、があるな、とも思う。個人的な感覚として、ジブリ作品って聞いた時に、パッと思い浮かべるのは、トトロとか魔女の宅急便のキキとかの、優しい温かい世界の感覚なんだけど、ジブリパークで上映していた短編「やどさがし」を見た時に、「そうだ、ジブリって怖かったわ…」と、不気味な怖さの感覚を強烈に思い出した。自然への畏怖、得体の知れない生き物たち、命を脅かす戦争や襲い来るものたち…。「千と千尋の神隠し」で言えば、迷い込んだ場所は勿論のこと、トンネル前の石像、カオナシや、豚になってしまった両親、街や駅にいる黒い影たち、元の世界に帰れない恐怖、行ったっきり帰ってこない電車。カオナシの存在、訳わからなくて子供の頃すごく怖かったな…。千尋の両親みたいに、うちの親も豚になっちゃったらどうしようって思ったり、油屋に私が迷い込んだらどうしようとか、父が運転する車が変な道を通ったりしないかとか、ただでさえ心配性なのに、子供の頃の私は、この作品の世界観に、かなり影響を受けた。
物語の中で多くは語られない様々な理由も、考察するのはナンセンスなくらいに、効果的に、郷愁と吸い込まれるような恐怖と言い得ぬ余韻を生み出している。こういう、言ってしまえば強烈なオリジナリティを持った世界観が、日本だけでなく、世界中で愛されているっていうのは、これまた興味深い。
【真似した名場面たち】
心配性な私が受けた影響の例をいくつか挙げたけど、それと同じくらい、印象的なシーンを真似したりもした。階段をしゃがんで恐る恐る降りてみたり、車の中で寝転んで荷物の上に足を乗っけてみたり、あんまんをむしゃむしゃ食べてみたりもした。子供だったからっていうのもあるけれど、いろんなシーンが脳に焼き付いて大人になっても離れない。
そして、大人になって見直してみて、緊張と不安の緩急が特徴的だなと思った。
冒頭、車でガタガタ道を猛スピードで進むシーンは、その後のトンネルが現れるシーンを印象的にしているし、ハクと全速力で走るシーンと橋の上で息を止めるシーン、それぞれに緊張感がある。ドキドキしながら千尋と一緒に息を止めてみたりしたな(笑)。階段を恐る恐る降りるシーン、からの、駆け降りるシーンは、もう観てて心臓ばくばくだし、湯婆婆との静かな会話から激昂して飛んでくるシーンも突然でかなりど迫力で怖い。物語後半も同様に、緊張感と不安でヒリヒリする場面と、突然グァあ!とくる場面のバランスがかなり面白いし、体力を消費するくらいに胸を締め付けられて飽きさせない、特有の面白さがある。
【悲しさとも違う懐かしく締め付けるもの】
今回の指輪は、千尋の靴とススワタリたちにしました。釜爺に初めて会った後、リンに連れられて靴を脱いだ時の気持ちと、ハクを助けるために同じその靴を履いた時の気持ちを考えながら作りました。
私が好きなシーンは、電車に乗って銭婆に会いに行くシーン。座席に座って流れていく景色を見送るあの場面、あんな不思議な切なさを他で感じたことないな。
子供頃の感情と密接に繋がっている作品、大切にしたいなと思う。そしてまだまだそういう世界に出会っていきたいし、私も創造していきたい!
さて、改めて「千と千尋の神隠し」観てたら、おにぎりが食べたくなってきたので食べてきます。
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モチーフ:千尋の靴、ススワタリと金平糖
音楽:木村弓「いのちの名前」