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【恋愛小説】嘘を告げる春を私は❁8mins short love story❁
『俺が好きなのは君なんだ。だから、彼女と別れた。』
唐突な告白に驚いた。
でもそれは、愛の告白だからじゃない。
『ここまで彼女がいるのに、君に隠してきた。だから、君に好きという資格無いのはわかっているけど…。』
必死に貴方の言葉に付いていこうとするけれど、頭の整理がつかなかった。
貴方と過ごしてきた日々、そうして私が重ねていった想いは、一体何に向かっていたのだろう。
一緒に居るほどに心の距離は縮まって、やがて想いは重なっていくのだと思っていた。それどころか、そもそも貴方の世界に私は居なかったんだ。
私は、貴方の何を好きでいたのだろう。
❁
貴方と会う日は決まって平日だった。
貴方は仕事柄、休日でも上司とゴルフに行ったり、大学時代の友達と飲みに行ったり、趣味のサーフィンをしたりと分刻みのスケジュールをこなしていた。
私達はお互いの気持ちを知りながらも、その関係に名前を付けようとはしてこなかった。
友達と言うには近くて大事すぎる存在だった。
それでも毎週かならず仕事終わりに、貴方が私に会いに来てくれていたから、週末に貴方が貴方のために好きな事をして過ごしてくれたら私も幸せだと思っていた。
❁
駅から私の家までは徒歩7分程で、ちょうど中間あたりに小さな公園があった。小さな遊具が3つあるだけのこじんまりとした公園だったけれど、周りを囲うようにして桜の木が沢山植えられていた。
貴方が私の家に来るときは、お互い決まってこの道を通ることにしていた。それは、毎回貴方が夜は危ないから家で待っているようにと言ってくれるのに、私が少しでも早く会いたくて、迎えに行くと言って聞かなかったからだった。
既に午後八時を過ぎた暗い住宅街を街灯が照らしてくれて、遠くからでも、こちらに歩いて来る貴方をすぐに見つけることができた。貴方も私に気づいて、ポケットに入れていた手を大きく振ってくれる。
それを見た瞬間に、たった200メートルの距離がもどかしい気持ちと、貴方に会えた嬉しさが私の心に溢れていった。
遠くに小さく見えた貴方がやっと目の前に来た時、貴方は決まって抱き締めてくれた。
「お疲れさま。会いたかったよ。」
『私も。会えて嬉しい。』
さっきまで左に見えていた公園を右側に見ながら貴方と並んで家に向かう。公園には大きな街灯が1つあって、今にも花びらを広げ出しそうな大きな蕾を沢山付けた桜の木を照らしていた。
『ねぇねぇ、早くお花見行きたいね!』
「そうだね、来週末くらいには咲き始めそうだよね。そしたら一緒に見に行こうね。」
そう言いながら、貴方がポケットの中で温まった手で私の手を握った。私よりも大きくて温かい貴方の手で、不器用だけれど大事に私の手握ってくれるのが好きだった。手を繋ぐだけで心まで温かく感じられた。
普段は平日の夜に会うけれど、お花見なら週末にしかできないからと、私なりに勇気を出してみた。だからきっと、週末にデートが出来るんだと思った。
負担に思われたくなくて、誘われるのを待っていたけれど、結局貴方は誘ってくれなかった。
❁
『桜…もうだいぶ散っちゃったね。』
「一昨日雨降ったから余計にね。」
雨の影響で、桜は急いで散ってしまった。
そうでなくても、既に目に眩しい程の緑色の新葉が芽吹き始めていて、私達が約束した日からの時間の経過を物語っているようだった。
『まだお花見できてなかったのに…。』
「せっかくだからコンビニでお酒でも買って公園で飲もうか!」
『…いいね!楽しそう!』
結局また平日の夜。それでも屈託なく笑う貴方の笑顔には勝てなかった。今だけはそんな貴方を独り占め出来ることが嬉しかった。
いつもは横を通り過ぎるだけの公園に貴方と並んで入るのは新鮮だった。風が時折吹いて、身体を包み込んでは放していく。
4月中旬の空気は出逢いや別れ、色々な感情を全て包み込んでくれるような暖かさがあり、風が心地良かった。
公園の隅にある桜の木の下のブランコに貴方と並んで座った。コンビニでは、二人共いつも通りビールを買ってきた。
私が一番好きなお酒がビールだと言ったとき、「それなら一緒に沢山飲めるね」って貴方が嬉しそうに言ってくれた事を、一緒にビールを飲む度に思い出しては、私の胸が小さく波打つ。
『夜でも綺麗だよね。桜。』
「そうだね。光が当たって幻想的だし、色も違って見えるね。」
『昼間はピンクって感じだけど、夜は白っぽく見えるよね。』
「俺は割と夜の桜のほうが好きかも。」
昼間の桜が陽の光を浴びて、淡いながらも目一杯美しくピンク色に色付いているのが個人的には好きだった。だけど、貴方の一言だけで、貴方の好きな桜を一緒に見れたんだと嬉しく感じた。
『来年は昼にお花見したいな。お弁当とか作ったりしてさ!』
貴方の反応を伺うように、できるだけ何気なく軽く呟いた。
「…あのさ、俺、話したいことがあるんだ。」
貴方は漕いでいたブランコを止めて、私の方へ向きなおって言った。
こんなに真剣な目で見つめられたのは初めてだった気がした。貴方からの回答を待っていた私は、突然のことに戸惑った。
「うん…。話したいことって?」
私も漕いでいたブランコを止めて、恐る恐る貴方の顔を見つめた。
『君はきっと、ずっと我慢してくれていたよね。それも俺に気を遣わせないように何も言わずに、待ってくれていたの、知ってたよ。』
突然自分のことを話し出されて困惑と恥ずかしさで俯いた。
『そんな君に甘えてきたんだ。ズルいよな、俺。でもやっぱり、君が好きなんだ。だから、彼女と別れた。』
「彼女」というフレーズに私の思考回路が止まり、心臓も止まったかのように感覚が判らなくなった。それは、貴方から初めて聞かされた事実だったからだった。
思いや気持ちがが奥から奥から溢れてくるのに、頭の中で留まっていて、口から言葉にはならなかった。貴方が好きだった。大好きだった。
そんな貴方のことを一番に考えていて、いつの間にか私は自分の事は二の次にしていたのだと知った。
私が好きだった貴方が、「嘘」だったなんて。
あなたも私に好意を持ってくれていたことは紛れもない真実だったけれど、私が好きな貴方は本当の貴方ではなかった。
「私、別に付き合いたいとか思ってなかったよ。」
咄嗟に私の口から出た言葉は、嘘だった。
私が好きだった貴方は、あなたが真実を告げた瞬間に消えてしまったのだから、今目の前に居るあなたに好きと言えば、きっとそれはどうしても嘘なのだろう。
予想外な返答に驚いて、泣きそうな顔のあなたを横目に、頭上の桜に目をやった。街頭に照らされた花びらが透き通るように白くて美しくて、まるで光を通して輝いているように見えた。
時折風が吹く度に、柔らかに花びらが舞い落ちてくる。
一枚の花びらが、ブランコに座る私の脚の上に舞い降りてきた。指で摘んで拾い上げて見ると、淡いピンクの花びらの縁は、少し茶色く枯れていた。
本当は花びら一枚一枚は、透き通るような白でも淡い可愛らしいピンクでもないのかもしれない。それを知っても尚、私は桜を見る度に美しいと思うのだろう。
私が貴方の嘘を知っても、嘘を嫌いになれなかったように。
『嘘を告げる春を私は』 FIN
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