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【恋愛小説】待ってなんて言わないけれど。❁5mins short love story❁

沈黙の車内。

3月の初めと言っても、夜はまだまだ冷え込む。
エンジンは付けたばかりで、外よりはじんわり温かいながらも、手足が寒さでかじかんでいた。

外との気温差で街灯の光を遮るように、フロントガラスが結露で曇っていくのを見て、嵐の前の空模様に似ていると思った。

これ以上、貴方を待たせることはできない。
むしろ、私が前に進みたいと思った。


「君のことが好きなんだ。」
貴方から告げられたのは一ヶ月程前。

私の返事は「はい」でも「いいえ」でもなく、「わからない」だった。なぜ貴方は私を好きなのか。それはきっと、それほど私のことを知らないから。私のことを知っていくうちに気持ちが変わるかもしれない。未来に見えた心の傷をあえて受けようなんて思わない。

だから結末はいつもこうだった。自分に自信がなく傷付くことを恐れて、代わりに相手を傷つけた。

「それなら、君が答えを見つけるまで待ってもいいかな。」貴方がくれた言葉は、私がもらったことの無い言葉だった。 

『… わかった。』
予想外の返答になんと応えていいか分からず、ただ短く返した。

貴方はにっこりと微笑み、私の頭を撫でた。
「焦らず、ゆっくり考えていいからね。」

胸の奥がキュッとなって、貴方の顔が見れずに俯いたまま首を縦に振った。



今日こそ、貴方に私の「答え」を伝えようと思った。いつも一緒に話をしながら歩く、家の近所の遊歩道なのに緊張のせいか、初めて来た場所のように落ち着かなかった。

『…あのね、話したいことがあるの。』

「ここで話す?車戻りたい?」

『二人で話したいから、車に行きたい。』

貴方はいつもほんの数時間会うために、片道40分かけて来てくれていた。

車の中に入ると、貴方は黙って車のフロントガラスに映る街灯の光を眺めた。何も言わずにただ静かに私が言葉を紡ぐのを待ってくれた。

『私…この一ヶ月考えたの。それを伝えたくて…』
貴方は私の方へ顔を向けて、うんうんと静かに頷きながら聴いてくれた。

『私は、やっぱりとても貴方が好きなの。だけど、それと同時に、貴方が好きな私でいられる自信が無くて…私なんかで良いのかなって思って…それが、怖いの。』

自分の胸の中にあった気持ちが、言葉になって口から出ていく度に気持ちが込み上げてきて、目頭が熱くなった。

「君が、いいんだよ。これからもっと色んな君を知っていきたいし、どんな君とも一緒にいたいと思ったから、僕の気持ちを伝えたんだ。だから…僕の彼女になってくれませんか?」

貴方のその一言で、心に重く伸し掛かっていたプレッシャーとか不安が軽くなった。その代わりに、胸の中が幸せな気持ちで溢れていった。

『かわいい彼女でいられるか、わからないけど、貴方のために貴方の隣で、努力していきたいと思うの。だから、貴方の彼女になりたいです。』

「うわ、やばい。すっごい嬉しい。」
貴方はそう言って照れながら、俯いて頭を掻いた。

「焦らせたくないんだけど、手を繋いでもいい?」貴方は自分の手を私の方へ差し出しながらそう尋ねると、少し紅くなった顔を上げて私を見つめた。その視線が熱を帯びていて、いつもと違う雰囲気の貴方にドキッとした。

『…うん。繋ぎたい。』
躊躇いながら、自分の手を貴方の手の上に重ねた。指と指が互いに絡み合って、貴方の熱が私の胸にまで伝わってきたような感じがした。

どうしたらいいか分からなくて貴方の方を見ると、先程よりも熱い視線に捕まった。

「こっちに来て、って言ったら嫌だ?」
両手を広げて貴方がそう尋ねるから、つい咄嗟に答えてしまった。

『え、やだ。恥ずかしい。なんで?!』

「かわいいから、ギュってしたいなぁって思っちゃった。」
ハハッと軽い笑い声を上げると、少し寂しそうに繋いだ手と手を見つめて彼が言った。

「そっかぁ、残念。急かしてごめんね。」
貴方が目線を外の街灯に向けかけた時には、私の体は勝手に動いていた。
気がつくと貴方の胸が、私の目の前にあった。それと同時に、貴方の少し硬くて逞しい両腕が私を優しく包み込んでくれた。

『ほんとは… 私もしたいって思ったの。』
頭の上から爪の先まで熱く感じた。恥ずかしくなって貴方の胸元に顔をうずめて、Tシャツ裾を握り締めた。

そんな私の頭を優しく撫でる貴方の手から、温かさが伝わってきた。恐る恐る顔を上げると、そこにはいつも私の心を温めてくれる、貴方の太陽みたいな笑顔があった。私はもう、寒くは無かった。


蕾が花開くことを待つ春のように、この恋が実ることを信じて待ってくれた貴方だったから。

これまで踏み出せなかった一歩。
貴方のためなら踏み出したいと思った一歩。
そして、これは私が望んだ一歩。

もう二度と貴方を待たせないように、これからは私から貴方の元へ。

それからもう一歩、共に描く未来への期待を胸に、貴方と二人足並みを揃えて進んでいく、もうすぐそこの春へ向かって。


 『待』  FIN

最後まで読んでくださったことをとても嬉しく思います。 またあなたが戻ってきていただけるように、私なりに書き続けます。 あなたの一日が素敵な日になりますように🌼