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イラストレーターの画力を上げるにはデッサンが必要か

 画力とは「視覚情報を平面に表現する力」だと、私は考えています。
ものの形や有様(あるいは心の内にあること)を平面上に描き表したものが絵(※)であり、絵を描いて表現する力のこと画力をいいます。

 結論からいうと、画力を上げるには、アスリートが走るように、歌手が歌うように、料理人が調理するように、毎日描くことがきっと大事なんだろうな、と思います。とはいえ、イラストレーターが毎日しっかりがっつり絵を描いているかというと、それは人それぞれで、私の場合は「できるだけ少ない労力でイメージを視覚的に表現するためにはどうすればよいのか」をテーマにするくらいですし、描く作業よりもどういう表現にするのかを考えている時間の方が圧倒的に長いのです。

 そもそも、画力の物差しとなる「表現」は、その時の時代や文化によって評価が異なります。マッチョな肉体の写実主義が台頭する時代もあれば、くびれとか手足の長さを変形させてまで美を追求するマニエリスムの時代もあります。時代を先取りしすぎて存命中に理解されなかったゴッホのように、表現は、絵を見る時代や社会によって評価が変わるのです。

 メディカルイラストの場合、絵を見る人は、同時代のクライアントとクライアントが絵を見せたい方、になります。求められる画力は、「クライアントが見て感じた視覚情報のイメージをより正しく平面に表現する力」です。

  • クライアントが見たり感じたり考えたりした情報は何か

  • クライアントが発信したい情報は何か

  • クライアントは誰に対して何を伝えたいのか

 これをイラストレーターの脳内に入力して、情報を整理し、出力した結果がイラストという視覚表現になります。

 デッサン力というのは、出力で求められるスキルであり、言い換えるとプリンターの能力です。例えば写真という視覚表現の場合、プリンターがどれだけ高性能になったとしても、撮影した写真がピンボケしていたり、肝心な被写体が写っていなかったりしていては、何を表現したいのかがわかりません。まずは、被写体を確実に撮影する技術が必要です。被写体を観察するためにはデッサンのトレーニングが必要なんだ、という意見もあるでしょうが、私は、先の記事に書いたように、イラストを描く作業で最も重要なのは、クライアントとのコミュニケーションだと考えます。入力が正しければ、出力は、納期的に技術的に可能なのかという判断次第になります。

 入力と出力の間にある「情報を整理する」は、視覚表現の技術をどのように使っていくか、ということです。色彩や陰影であったり、配置や角度であったり、ソフトの機能でデータ化できたりできなかったりするので、クライアントが表現したい情報を効果的に伝えるために、どういった技法を使って表現するのかを考える作業になります。
 私の場合、この段階のアイデアのメモとして、鉛筆でコピー用紙に簡単なラフ画を描くことがあります。タブレットで動作する便利なお絵描きツールもありますし、アプリ上で勘案した方が効率的な場合もありますが、クライアントに確認していただく段階では、完成に至るまでの余地を残し、方向性を決めるためのイメージだけをご提案できればと考えているので、ポンチ絵やクロッキーの方が使い勝手が良いと感じます。

 ここまでをまとめると、イラストレーターの仕事は、大きく3つの工程に分けられ、それぞれの工程に必要なスキルは以下になると考えます。

  • 入力:クライアントがイメージしている事を理解するためのコミュニケーション能力

  • 整理:クライアントが発信したい情報を表現するために、どのような技術・機能が必要なのかを判断する力

  • 出力:表現に必要な技法を実行し、平面に表現する力

 基礎となる初めの工程が盤石であれば、後ろの工程は粛々と進めていけます。出力に関しては、標準化された汎用ツールが世の中には沢山ありますし、能力だけでいえばAIがめざましい勢いで発展しています。

 では、イラストレーターの画力を上げるにはデッサンが必要か、というと、必ずしも必要ではないが、ある程度は必要だと感じています。

 理由は2つです。
一つは、現在のAIには著作権利上の問題があり、削減する労力以上の倫理的法的な懸案作業が存在するから、
もう一つは、クライアントが求める発信を「整理」するための判断基準がいるから、です。
 デジタルツールは、絵を描く行為を労力的な面を補う道具であり、人間の行動を決定づけるのは人間自身であるべきだと考えています。

 人の行動につながる一瞬の判断がセンスであり、そのセンスを養うためのトレーニングとして、デッサンは手軽にできる方法だと思います。その判断さえもAIに代わる時代が来るかもしれませんが、自分の中に確固とした感覚の基準を持っていれば、技術や技法の流行に惑わされない表現をご提案できると思うのです。

※参考:デジタル大辞泉 コトバンク