成人肺炎診療ガイドライン2024に思うこと
CQだけ見たって、何も学べない
2024年4月に『成人肺炎診療ガイドライン2024』が発刊された。GLsは非専門家に向けて広く共有されるべきものであり、できればダイジェスト版だけでも無料公開されてほしいと思うが、なかなか難しい。
ただ、GLsの推奨文やCQを読むだけでは、日本語で書かれたGLsを読む意味は半減してしまうと思う。CQsの前にSCOPEと題して各肺炎の病態、エビデンスが解説されている。教科書的な意味としても重要であるが、このSCOPEにガイドライン作成の葛藤や「そいつはちょっとsponsoredがすぎるんじゃないの?」とか、経過が透けてみえる気がするのだ。
背景となるデータ、エビデンスを知った上で改めて読んでみると、色々な感想が生まれてくると思うので是非手に取って欲しい。
日本呼吸器学会 成人肺炎診療ガイドライン2024
https://www.jrs.or.jp/publication/jrs_guidelines/20240319125656.html
ガイドラインで示されていること、示されなかったことについて、少し違った視点から語ってみようと思う。
案外、ウイルス性肺炎っているんだよね
COVID-19の流行と結果として多くの病院に拡散増幅検査がもたらされたことで、肺炎診療を行う上で抗原検査やMultiplex PCRをはじめとした迅速診断はもはや必須のものとなった。純ウイルス性肺炎はCOVID-19を筆頭として、小児だとRSウイルス(RSV)やヒトメタニューモウイルス(hMPV)など比較的よく認められる。ただ案外成人でもウイルス性肺炎がそこまで稀ではない可能性が診断法の進歩によりわかってきた。高齢者施設でRSVやhMPVがアウトブレイクを起こすことはあり、結構肺炎で入院し、死亡する。大抵は気道分泌亢進し、細菌性肺炎も合併するのだが、純ウイルス肺炎じゃないかと思うケースも遭遇する(軽症なら抗菌薬を使わなくても軽快する)。
あと、案外胸部レントゲン正常の肺炎もいるのだ。
ブログ記事「市中肺炎と“浸潤影のない”肺炎(SPWI)の臨床像の比較」
https://viceversa888.exblog.jp/30303134/
僕らは肺炎のゲシュタルトを更新すべきなのかもしれないなとも思う。
GLs改訂ポイント①:非定型肺炎
前回GLsから、非定型肺炎を鑑別しましょうという流れは変わりないが、そっと非定型肺炎ではなく、マイコプラズマ肺炎と細菌性肺炎の鑑別表ということに置き換わっていた。クラミジア肺炎なるものが正直そこまで多くないだろうと個人的にも思っているので改訂は賛成するのだが、検証は必要なのではないかと思う。典型例はともかく、それ以外では可能なら診断検査を行いたい。
なお、レジオネラ肺炎については、レジオネラ肺炎予測スコアが提唱されている。後述するように〇〇スコアで何点だということにこだわる必要はないと考えており、項目は参考として重症肺炎では積極的なカバーを考えたい。
PMID: 30935766
GLs改訂ポイント②:ステロイド
もはや重症市中肺炎でステロイド投与は当たり前になりつつある。
投与量と投与期間の最適化が今後の課題でしょうかね。
PMID: 38128217
GLs改訂ポイント③:NHCAPの残留と耐性菌リスク
前回GLsでは市中肺炎(CAP)と医療・介護関連肺炎(NHCAP)/院内肺炎(HAP)を分けて、それから耐性菌リスクを考えての治療選択というかたちであったが、今回はCAP、NHCAP、HAPの3つに分けてそれぞれにおける耐性菌リスクを考えるフローチャートに変更された。
これはNHCAPがHAPと比べてことさら耐性菌リスクが高くない(カバーしてもしなくてもアウトカムに差がない)ということがわかったからだ。
全体にそこまで広域抗菌薬(この場合はMRSAカバーと緑膿菌カバー)を使用しなくて良いんじゃないかという流れであり、この流れ自体には賛成する。
そもそもNHCAPの概念の元となった欧米のHCAPは消滅してしまったし、NHCAPいらないんじゃない?という議論もあったと思うが今回のGLsでは残留した。ちなみに私はいらないと思っている。
CAPの範疇として考えて、耐性菌リスクを別に考えれば良いと思う。
いわゆるNHCAPに分類される患者さんはグラム陰性桿菌の検出頻度が高くなるので、喀痰グラム染色は治療方針を決定するのに重要だと思う。
そもそも、エンピリック治療で想定される病原体をすべてカバーしないといけないの?
肺炎の疫学研究の大きな(そして解決が困難な)問題点の一つが、「検出された病原体すべてが原因菌なのか」ということである。
また肺炎は、適切にドレナージされさえすれば、軽症であれば(特にマイコプラズマ)自然治癒しうるので、全員にフルカバーが本当に必要なのかは結構疑問である。
また、面白いことに狭域抗菌薬治療でもアウトカムが変わらないというデータも存在する。肺炎かどうか疑わしいケースや、すでに発症から時間が経過し、改善傾向である場合、無治療経過観察や治療を行うにしてもかなり狭域でもよいのかもしれない。
少なくともなんでも広域で始めれば良いというわけではないのは確かなようだ。ただ、マクロライド併用はその理由は正確にはわからないが、市中肺炎の死亡率を低下させることが複数の研究で明らかとなっており、少なくとも重症例や入院を要するかつ非定型肺炎やレジオネラ肺炎が否定できないケースでは投与を検討しなくてはいけない。カルバペネムを選択するより大事なことだ。
HAPも本邦では大半が「誤嚥性肺炎」
耐性菌リスクの高いHAPだが、人工呼吸器関連肺炎や敗血症性ショックを除けば初めからフルカバーである必要はないと考えている。大半は誤嚥性肺炎であり、肺炎そのものが予後を規定するとは限らない。VAPでも上手にグラム染色を使えば、MRSAと緑膿菌を同時にカバーする必要性は減らせる。
誤嚥性肺炎ではルーチンの嫌気性菌カバーは不要
本GLsのCQsでは、証拠不十分で推奨がつかなかったところ。少なくともあえてカバーすることのメリットはない。歯性感染症とか膿胸とかβラクタマーゼを産生するような嫌気性菌、グラム陰性桿菌を想定する場合にはカバーを考えればよい。
〇〇スコアって実際使ってます?
CAPとNHCAPでは重症度をA-DROPスコアで、HAPでは重症度をI-ROADスコアで判断し、入院や治療選択を考えることになっているが、みなさん普段からこうしたスコアつかってます?確かにエビデンスはあるけど、結局は諸々総合的に判断しているんじゃないだろうか。どういった項目で構成されているかは重要ですが、重み付けは個別に考えるべきじゃないでしょうかね。
終末期の肺炎をどう診療するか
終末期の肺炎について前回GLsからさらに踏み込んだ記載が目立った本GLsですが、実臨床でどうやって診療していくべきかについてはGLsの範疇を超えてしまうところであり、難しい。
ブログ記事「ガイドラインで示されなかった、その先へ 終末期の感染症」
https://viceversa888.exblog.jp/30864792/
でも、とりあげた
State-of-the-Art Review: Use of Antimicrobials at the End of Life
PMID:38301076
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38301076/
は、終末期の感染症について考えるヒントを提供してくれている。
個人的には終末期肺炎に対する緩和的治療がまだまだ不十分だと思う。
ガイドラインを片手に、一緒に悩みましょう。
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