檸檬

目が覚めたのは薄暗い部屋だった。本能で出口を探すも見つからない。この部屋には窓も扉もない。そうなると、この部屋は奇妙だ。一人暮らしに必要な家具が一式揃っている。入れないし出られない部屋に、生きるための道具は要らないはずだ。

独りでにTVが起動した。
「私の名は毒種。地球を蝕む毒の種だ。そして、貴様らは今日の獲物だ。さぁデスゲームを始めよう。この部屋はセックスしないと出られない部屋だ。」
デスゲームなのかエロゲーなのか分からない。デスゲームをしてしまったらセックスができない。どちらにせよソロプレイは無理だろう。

話の長いクドい声の覆面が自分の思想を語り始めると、キッチンでムクリと一人の男が立った。この部屋は私一人ではなかったのだ。まだ希望が見えてきた。

希望はすぐに打ち砕かれた。この男は狂人だ。ぶつぶつ呟きながら腰のベルトを外している。身の危険を感じ、ベッドから降りて電気スタンドを…
「天達ゥー!!」
男が叫ぶとTV画面が切り替わりスーツを着た中肉中背の中年男性が映った。
「午後から晴れです。」
そしてTV画面は元のクドい覆面の演説に戻った。
男は外したベルトのバックルに口を当てながら高音でシャウトし、バックルを鷲掴みにした右手を上に振り上げる動作を繰り返している。狂っている。私はこの男を殺すことを決意した。


一方赤坂では中年男性が一つの理論の究極形を実現せんとしていた。カオス理論。それは混沌に法則を見出す神の所業。賽など振らない神のみぞ知る因果を解き明かす術。
「失踪の時刻を考えれば都内のはず。都内であれば、午後から晴れ。しかし智昭さんがループした伝導体を共鳴させ、それを高速で動かせば電磁波が発生する。」
中年男性は携帯電話を閉じてバイクにまたがった。
「電磁波が発生すればバタフライ・エフェクトにより極局地的に雷雨が発生する。」
その超ミニマム雷雨のもとに向けてエンジンを始動した。


男は相変わらず手を上げ下げしていた。その所作には一分の隙もなく、熱狂を帯びており、宗教的な意味合いを感じさせた。電気スタンドを手に取ったものの、殺すイメージがわかない。しばらく膠着状態にあった。

フイに壁に掛かっていた本棚が爆発し、バイクが突っ込んできた。バイクに乗っていた中年男性はフルフェイス・ヘルメットを外し、ベルトの外れた男と見つめ合っていた。ぶっ壊れたバイクが垂れ流したガソリンは、二人が熱烈に愛し合う様を虹色に飾っていた。

いつまでも見つめ合う二人をよそに、ぽっかり空いた穴から外に抜け出して瓦礫で穴を塞いだ。あれは何だったのだろう。隙間風すら吹かない密室にどうやって人を二人も入れたのだろう。

バイク用ステレオから流れていたボブディランの言うように、答は風に吹かれているのだろう。

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