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精子の人格

遠い未来、19世紀の話。ついに人類は精子の「思考」を拝聴し、そこに「人格」果ては「人権」を見出した。

まず、膣内に放たれた精子達にインタヴューを行う。これが「入口調査」だ。金玉内での不当な扱いがなかったかなどを調査する。

「出口調査」では卵子前にインタヴュアー精子を配置して、受精する瞬間の精子に希望の性別を聴く。一瞬の出来事なので会話は「性別!!!」「女ァ!!!」といったシンプルなものになる。もちろん音声による会話ではないが。

前々から心理学上の調査で分かっていたことだが「生まれ変わるなら男女どちらの性別?」という質問は圧倒的に「女ァ!!!」という回答がなされることが多い。もちろん精子出口調査でも女を望む声が圧倒的だ。

そんなこともあり、時は進んで21世紀。人口の9割が女性だった。皮肉なことに精子の人権を認めたことにより精子生産指数(有効金玉数に強く相関する)は圧倒的に減少したのだ。血の無き改革とも呼ばれるその現象は、確かに誰も傷つけることなく、しかしどんなS嬢よりも冷酷に、金玉を潰していったのだった。

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そんな2022/02/22にあって僕は男だった。この地においてはたった一人。マイノリティは連帯感を強める傾向にある。というか連帯しないマイノリティは淘汰される。連帯から逸れた者も。金玉マッチングアプリによると、僕の右金玉からの最短金玉間距離は0.5mm(これ、僕の左金玉だね)、そんでもって次に近い金玉との距離は5万km。木星半径は7万kmぐらいなのでほぼ反対側にあるくらいの気持ちだ。第2木星の男性は西半球に多く住んでるらしい。

僕のいる木星系は太陽系のすぐ隣にある。第0木星(君らで言う太陽)を中心に第1,2,3…と等間隔に木星が並んでいる。そんな惑星系の体を成していないところによく住めるな、とはよく言われる。しかしこんなところで何故か生まれたし、生んだやつも、生んだやつを産んだやつもなぜだか生きている。なので僕も生きている。第2木星での人類の発展は世界七不思議の1つだ(残りの六不思議は第3〜8木星での人類の発展だ)。

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静謐な精子人権局内部。すべての作業は機械化されており、すべての機械がスムースに動いている。油を差すための機械が正常に動いているからだ。ゲーミングマウスは無音でゲーミングキーボードも無接点なので静かだ。驚くべき人類の進歩によってゲーミングデヴァイスは七色に光ったりしない(いわゆる寝室用ゲーミングデヴァイス革命だ)。

精子インタヴュアー精子も久しく精子の声を聞かない。無重力下で精子インタヴュアー精子培養液中を自由泳動し続け、飽きると静止したりしている。この地域の精子インタヴュアー精子はもっぱら僕の精子にばかり問いかける。金玉内は快適か?不当な圧力はかけられていないか(このバカな質問のせいで僕はブリーフを履けない)?そんなお節介も22歳の大学卒業を機になくなった。僕に精子雇用者としての資格が認められたからだ。

晴れて自分の精子を本来の目的に「使役」できるようになったのだが、いかんせんクライアントが不在だ。街を歩けば女とばかりすれ違うじゃないかって?それが問題だ。

21世紀においては生殖は同性間で行う。そりゃそうだほとんど女なんだから。20世紀の段階で女性−女性間での生殖は理論上可能とされていた(それをほのめかすインターネット・ミームが大量に存在していた)。ただし当時の人類の倫理上それは許されなかった。しかし男性−男性間での生殖も可能と判明すると世論は一気に傾いた。そのまま倒れ込むように当時の倫理は崩壊し、同性間生殖が道徳となった。そして21世紀初頭、技術が追いついた。IPS細胞による女性−女性間の生殖の可能性は既に人口に膾炙していたが、臀部付近の開発による男性−男性間の生殖はコペルニクス的転回をもたらすほどの衝撃を持って世間に迎えられた。盲点だった先行研究(Sakamoto, 1919)を発展させ、不確定だった男性−男性間の生殖手法の確立させた一連の過程は俗に「けつなあな確定」と呼ばれる。

自分の置かれている状況は嫌になるくらい把握していた。感情を捨て去り理論的に生殖戦略を組み立てる。まず、5万kmの移動は絶望的だ。航空機の乗り換えは3回、毎回1億の精子に入国検査が行われる。1人につき1秒かからないが合計9年くらいかかる。しかも出国時にいなかった精子が入国時に金玉内にいると密入国にあたるので航空機トイレ内での器用な射精が求められる。

そうなると、もう女性と生殖するしかない。あぁおぞましい。なぜ俺は、俺の精子は(現在雇用者として雇用している精子ではなく自分の受精卵を成立させた精子は)男であることを望んだのか。

道徳には反しているが権利は認められているので女性との生殖は可能だ。ただ壮絶な反対投票が行われるだろう。もちろん僕の所属する共同体の人口は常にぴったり1億人に調整されており、僕は1票、僕の精子は計1億票の投票権を有するから負けはしないが。しかし1億人からの白い目には耐えられない(こういったジレンマを「1億票の格差」と学校で習ったが、この地域では僕のことでしかないのでいい迷惑だった)。

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となると裏社会に潜るしかない。さっそく町外れのスラムに居を構えた。ここにはちらほら未登録の住民がいる。つまりそいつらと…心の中でも言えない辛さがあった。親が泣くだろうな。既に調整されているが、いたら泣くだろう。

何㌔もあるコンクリートがめくれた下、地下は未だ男の方が若干多い時代の世界観を残していた。看板には意外にも女性が多いし、被服文化が未発達だったのかほとんど布をまとっていなかった。今や服は同時に2桁以上の枚数を着る時代だ。豊かになったものだ。

男性の写った看板はタートルネックを口元まで上げたものが何枚か見られた。男性の被服文化は当時から既に発達していたとみられる。いまやメンズのファッションリーダーは僕一人だし、メンズノンノを買うのも僕一人の悲しい一人相撲だった。そういや、相撲は今も昔も裸だ。ああ、本当の相撲は男が僕しかいないので毎場所僕の不戦勝で、本当に一人相撲だ。ややこしいな。

しばらく地下をぶらついていると妙な器具を宣伝する男性向け看板があった。一見「ひょうたん」を模した容器に見えるが、周りの看板で学習したスマートグラス搭載の分類器いわく、強い確度で男性向けらしい。

紅白のストライプが入ったそれは、どうやら過去に金玉戦争条約で禁止された兵器らしいと精子がHUDに忠告を表示してきた。どうやら中に大量の精子を移動させ、そのまま虐殺するという仕組みらしい。恐れおののき瓦礫に躓き転んでしまった。

するとどうだろう、何の偶然か、必然の啓示か、テンガと呼ばれていたそれは私の陰茎に纏わりついた。急いで引き抜くととんでもない神経パルスがチンポを中心に全身に走っドビュルルルルルルルルルルルルルルルルル

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左金玉、行方不明者五千万人。右金玉、行方不明者五千万人。彼らの冥福を祈り、黙祷。

目を啓いた私は、あるいは啓く前から既に覚者であった。すべての道筋は見えた。5万km先への航路は、私のマラ筋から放たれる。それはこのテンガを抜け、いやテンガで抜き、金玉人口を左右ともゼロにすることで関門をスムーズに抜ける。

チケットをかざす、抜く、保安検査場を抜け、搭乗し、出口で抜く。これを3回繰り返せばよいのだ。

さあ、ANAに乗ろう。スマートデヴァイスに表示されたバーコードをかざす。こんなのは本質的にはチケットではないのだ。パンツの中に隠したテンガこそが真のチケットである。ゲートから保安検査場までの数mを腰を振りバカ歩きして果てる。無事に無精子搭乗を果たす。エコノミークラスでもぐっすり眠れそうだ。さあ旅の始まりだ、俺の世界を揺るがすぞ。陰茎にも似た、しかし皮のない旅客機は、陽炎で揺らいだ5mmの朝日を背にして、それが奪っていくだろう暗闇に向かって、静かな爆弾を載せながら、夜間飛行を始めた。

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