社会、あるいは、物理の成績が悪い
ATMに通帳を飲み込ませるのが趣味の銀行に、金を貯めてる。ついに8桁になった。消費が少ないので思ったより早かった。「インデックス投資」アンタはそう言いかけてるな。
おっしゃるとおり日本銀行券として存在する1000万は、来週には実質999万かもしれないし、来月には実質998万かもしれないと予想される。だから理論上膨張し続ける額面を負い続けるような指標に金を賭けろと言いたいんだよな。
気持ちは分かるが、俺はもう日本銀行と心中することにしたんだ。「止まっていたいなら走り続けなければならない」というのに耐え難い。
それなら今のうちに8桁の価値がある何かに換えてしまえばいいかもしれない。それもできない。
なんでか知らないが、何を消費しても価値を感じない。死にたくないから生きている。そもそも死にたくないかどうかという問いに答えることができない。名もなき質問者と押し黙る自分が作る、悠久の沈黙の中を生きている。
「おじさんだあれ」
と声がする。ゴミ捨て場の横でタイの野良犬みたいな奴がヤニまみれの目で道の何もない一点を凝視していたら、不審者声がけ運動の対象になるわな。
おじさんはな、おじさんは…誰なんだろう?
陰気なゴミ捨て場に陽が射す。電柱の影はハシゴを外し、醜い肉塊がお天道様と謁見する。ジリジリ流れる汗に自分のアイデンティティは何%含まれるだろう。
おじさんはな、おじさんは…
伝えるとガキはバグって0.015秒ごとに前後に動き、少しづつ上に浮いていった。古典物理を超越した私立小学生は太陽を覆い隠したが、影はなかったので、やはり暑かった。
バグを見つけたのでチームリーダー〈世界大統領〉に報告したところ報奨金が支払われた。9桁になるのはいつになるだろうな。
実のところ報奨金は虚空〈NULL〉へと支払われたのであった。それでもコリジョン判定のない太陽は彼を照らし続けた。ガキはやがて振動を止め 9.80665m/s^2 の勢いで古典力学に従うだろう。
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