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ポルノ動画と原爆戦

「露軍のpornhubデータサーバ爆破事件以降、この手のデータは価値暴騰してね」
抽象的なポルノ動画を見せながら色黒のロシア人は言う。
「しかし、いかんせん記号的すぎるかな…」
「ポルノにクリシェは付きものだよ。反復運動がセックスの本質なんだから。」
「違う、記号がそのまんまセックスしてるじゃないか。これでイケたら病気だ。」
雌記号♀と雄記号♂が地球記号♁の上で絡み合っているアニメーションを見ながら、アレシボ・メッセージにもこれを載せるべきだったなと思った。セックスの本質は人類の本質なんだから。宇宙検閲官もこれを発行禁止にはしないだろう。学術的過ぎるポルノ動画の押し売りを押し返して踵を返す。
「なあ、あの日以来、地球は病気になっちまったのかもな…」
「病気はお前だ」

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20世紀最大の発明はコンピューターだろう。副産物としてディジタルな世界が形成され、人類の実質的な行動範囲は無限に拡がり、思想はシームレスに蔓延した。

21世紀最大の発明は一転アナログなものになった。人類の内側の世界を拡げる様々なバイオテック、インスタントな不老不死、科学の錬金術への先祖返りだった。

21世紀の序盤に起きた予想に反して慎ましい核戦争。一年に一発ずつの核の文通は世界中の資本を耐放射線人体改造技術に集中させた。科学者たちは半狂乱になり、倫理は核熱と共に蒸発していった。フラスコの底には穴だらけの不老不死が残り、核戦争には控えめなゴーサインが出された。

その結果、22世紀に地獄が召喚された。餌食になったのは同志ウラジミールにとって価値がなく世界にとって価値のあるもの、つまりポルノ。開戦宣言の5月9日、日本のデータセンターの上空で70年もののヴィンテージ原爆が炸裂して不可視の中性子が流れ星のように降り注いだ。電磁波がヤラセ感たっぷりのナンパ動画を、マジックミラー号を、ポルノに関する何もかもをランダムなノイズに変えてしまった。

ああ、ウラジミール・プーチンに回春剤を送ってやれればな。代わりに打ち込まれたアメリカの返信は不幸にもロシアの赤線地帯を直撃した。ポルノの一大産地が壊滅し、ポルノグラフィティの過去と未来は断たれた。

偉大な壁画が消滅しながらも文明によって人類は生きながらえた。俺も日々特になく漠然とした砂漠に生きている。その本質を失いながら。

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あらゆるポルノはブロックチェーンによって所有者が特定されている。ポルノの再生機は所有者以外にはコンテンツを表示しない。まるでマジックミラー号のように。
「まるでマジックミラー号のように?」
動揺して聞き返してしまった。バツが悪い。マジックミラー号がどんなものかも知らないポルノ童貞であることがバレてしまえば確実にふっかけられる。780万ルーブルの素人図鑑も3800万ルーブルになる。
「マーケットを利用されるのは初めてで?申し訳ありませんがコロニーへの入構許可証を拝見させていただけますか?」
安物の偽造許可証で切り抜けられるわけもなくセキュリティに捕まった。身体検査の後に釈放された。

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俺の身体にはありとあらゆる性病が巣食っていた。淋病、エイズ、インキンタムシ、あらゆるシミとボツボツが身体を支配しているが、生命は脅かされていなかった。ただただ惨めで醜かった。不死の施術を核爆撃された歌舞伎町の泌尿器で行ったため、童貞でありながら性病をコンプリートしつつ生殖機能の死んだ死なない人間がアウトプットされてしまっていた。新たな社会システムのバグが俺だ。

そんなやつにはブタ箱すら用意されていなかったのだ。スラム街に放り出されて、俺は吸殻と水の詰まったビール瓶を拾い上げて後ろ手に隠した。

路上には粗製ポルノが溢れていた。売人は何れも色素の沈着したロシア人だったし、アル中でうめいていた。

「おい、ビールはいるか?ポルノをくれよ」
通りでいっとうマシなロシア人がこちらを向く。
「悪いがそんなに安くない。だがビールは貰おう。アルコールは入ってるか?」
隠していたビール瓶でロシア人のこめかみをかち割ると、血の気が引いて元の色に戻る。俺は横たわったロシア人を力の限り殴りつけた。ブロックチェーンに縛られていない剥き出しのポルノを奪い、その場で再生した。

通りはざわつき、軽度のアル中が騒ぎ出した。中度のアル中は俺のポルノを覗き込み、俺に殴り殺されていた。重度のアル中は既に死んでいた。

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映像は酷かった。渋谷に鏡張りのトラックがあり、それが上下左右に揺れ、男女が出てきた。タイトルは「MM号との遭遇」だった。

ポルノを地面に叩きつけると、赤黒く染まった雪原に七色の機械部品が散らばった。それは血生臭いアクション・ペインティングで、NFTに値するクソだった。

マッチ売りの少女を殴り殺し、マッチに火をつけると大量のダイオキシンを発生させながら街が燃えだした。

熱さのあまりか、所在なさか、うろうろした。こんな街に用はないが、この街以外に俺の居場所はないだろう。街を去ろうとしては何かを見落としているような気がして通りを去来した。

アル中の血は特に燃えていた。フランベされた血塗れの通りは陽炎に揺れて境界が曖昧になる。それはまるでモザイクのようだったが、誰の検閲だったろうか。何のポルノを隠しているのか。俺はモザイクの向こう側に向けて歩きだした。左足で血を踏みしめて。右足で動かないロシア人を踏みしめて。それを繰り返して。

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