靴の先を見なさい
私が人から聞いた話で一番好きな話。
厳密に言うとラジオで聞いたエピソードだが。
1980年、当時人気絶頂だった歌手の山口百恵さんと俳優の三浦友和さんが結婚した。11月19日に結婚披露宴が行われ、一部はテレビ中継もされた。この披露宴で俳優の森繁久彌さんがスピーチした過去の出来事について。
森繫さんがロンドンの公園でベンチに座ってぼんやり休んでいた。
隣では60歳くらいのご婦人が編み物をしていたそう。
すると突然、そのご婦人が森繁さんに
「そこのあなた」
と声を掛けてきた。
さらに続ける。
「あなた、靴の先を見なさい。顔を上げずに黙って靴の先を見なさい。」
そう言われた森繁さんは自分の靴の先を見る。
何か汚れがついているのかな、と思ったけどそんなことはない。
「おかしいなぁ」と思ってふと顔を上げると、
イギリスの名優、ローレンス・オリヴィエが女性と腕を組んで歩いていた。
あのローレンス・オリヴィエが自分の目の前にいる、そう思って森繫さんは思わずハッとするわけだが、そこで再びご婦人から
「黙って靴の先を見なさい。」
かなり強い口調で言われたそう。
そしてこう続ける。
「いいですか。今、前を歩いている人達は、プライベートタイムなのだから、あなたは見てはいけないの。このことは忘れなさい。」
森繁さんは、この話が今でも自分の肝に命じていていることだと語る。
そして、このエピソードを語ったのち、スピーチではこう続けた。
「この度の百恵さん友和さんの結婚披露宴にあたり、マスコミの皆さんに私からひとこと申し上げたい。『靴の先を見なさい。』と」
ウィットに富んだ素晴らしいスピーチだなぁと思った。
かっこいいし洒落てるし、最初は何の話かなと思って引き込まれる。
もうこれ以上プライベートなことは詮索するなと、
新婚旅行とか子どもがどうとか追いかけまわすなと言いたいのだ。
(実際はというと、このスピーチの甲斐なく、その後も散々マスコミに追われてしまったようだが)
今でも芸能人やスポーツ選手などの私生活が週刊誌などで面白おかしく報道されている。悪事を暴くのは構わないが、ただのプライベートに関して公表していること以上に報道する必要はまったくないと個人的には思っている。
それでもそういった報道がなくならないのは、視聴率、売上部数、ページビュー、ひいてはお金に繋がるからだろう。
有名税などという言葉もあるが、有名人にもプライベートはある。
街で見かけた有名人を盗撮したりSNSに投稿するファンや、執拗な取材を行うマスコミには、靴の先を見てほしい。