2010年4月25日京都府庁将棋大会
【はじめに】
2010年に京都府庁で行われたアマチュア将棋大会に家族チームで出撃した際の記事です。大筋の部分(例:勝負結果や対戦相手の経歴など)は完全に事実ですが、ごく一部の経緯については若干の脚色はありとご承知おきください(笑)。
●決戦前夜。関東での仕事を終えて移動。関西の実家には20時過ぎに到着、長兄と妹は既に着いていた。夕食後の稽古では長兄が時間内に父と私を寄せ付けず、王手すらかけさせない2連勝。
私『本番前にコンディションを合わせてきた?』長兄『いや、対人経験が足りないと自覚するばかりだ。最近はゴルフの方が楽しくてな。いまいち、身が入らん。』
…まあ、父も私も若干、新戦法を試したところはある。やはり、長兄ランクになるとよほど緻密に組まなければ撹乱は通用しない。明日の方針は正攻法7割、「気さくな奇策」は3割とする踏ん切りがついた。その後は全員、各々の書籍研究に入る。私は父に与えられた囲い崩しを考えずに答え丸暗記で流し込むことにした。「ゼロとイチでは大違い。記憶の端っこにでも引っ掛かってくれれば良いのだが。」
●野獣覚醒。当日朝、血がたぎるのか母の血圧が下がらない。さすがはロマサガ2で地獄爪殺法をパーティーメンバー全員に習得させた猛女だ。猛獣使いなはずの父の言葉が更に煽っているように見えるのは気のせいか?場合によっては家で留守番か?というギリギリの線ではあったが、時間前に数値が落ち着き、一家で出陣可能となる。京都入りしたが生憎の冷たい雨。「こんな事もあろうかと」ハナーは折り畳み傘を二本常備している。
『一本では普通過ぎてつまらない。二本あれば物語になる(笑)。』BYハナー
実際、見知らぬ人間に差し上げると「物語」が手に入るので出会い厨な貴方にはぜひお試しあれ(笑)。
時間前に会場入りして下見をするのは全ての勝負事の基本である。京都府庁はなかなかキレイだった。出入口、手洗い、階段とエレベーター、天井の高さと照明スイッチの位置を確認するのはもはやクセになっている。窓は二重ではないから、いざとなれば突破可能だ。使っている長机のメーカーは…残念、ウチじゃなかった。盤は3寸盤、駒は木彫りのかなり良い駒に見える。
私『さて、場はつかんだ。後は対戦相手の情報を早めにつかみたいな』
開戦時刻2010年4月25日1230時。1局目、相手さんは高齢者ばかりの「柔道整復士チーム」。相手が遅刻しているとかで、チェスクロックが押された。10分以上の遅刻で不戦勝になるらしい。
私『10分遅刻してくれたらラクでいいんだけどなぁ。不戦勝でも「ルールを守って正々堂々と一勝した」って言ってよいはずだし。なぁに、読者にはバレはしないって(笑)』
などと不遜な事を考えていたのだが、残念ながら5分ほどの遅刻で相手チームが現れた。いずれも退職前後の男性という風貌。相性など、研究の成果を適用できないかと考えたが、考えてみたら相手の顔写真も入手できず、良くわからんことがわかった(笑)。
私『柔道か。いざとなれば肉弾戦とか思ってたが、負けが早まるだけだなあ(笑)。チェスボクシングと比べて将棋柔道とかあったら、このチーム強そうだ。』
母から「あんたの初戦の相手、どっかで見た事あるんだけど、元どこかの県代表じゃなかったっけ?」とかいうトンデモな情報が。まいどながら自問自答。
私『神様かGMか知らんが空気読みすぎだろ(笑)! チームとしては二勝一敗にできるかもしらんが。個人戦としては3回は絶望できるどうにもならんレベルの相手だ。こちらが勝る要素って何? パワーもスピードもテクニックも駆け引きすらも相手が上だろう。…若さとか、ギャグセンスくらいか? それが将棋にどう役立つんだ、400文字以内で説明してくれよ、おい。』
勝つ確率だけを考えたら、若さを活かすには若さゆえの勢いで突っ走る・・・のは不正解だ。その反対に、少しでも勝負を長引かせることだろう。理由は誤解を招きそうなので書かないでおくが。
とりあえず、強敵相手に方針を迷い、決めかねている内に対局は始まってしまった。相手は居飛車の純粋な正統派のようだ。
私『落ち着け、自分。もともと強敵しかいないのはわかってたはずだ。まさか県代表クラスと当たるとは思わなかったが。要はフリーザにヤムチャで勝てばいいんだな。ただそれだけの事だろうが。』
間違いでもいい。一発、振り回した武器が急所に当たれば倒れる。どうすれば間違いの確率を少しでも上げる事が出来るかを考えるべきだ。
相手が遅刻してきたので持ち時間は相手が5分ほど短いというハンデが僅かながらある。なおのこと持久戦にするべきだ。将棋以外の要素である「時間」を使って勝つ。兆に一つの可能性でもある限り、自分の有利さに結びつける努力をすべきだ。客観的にはバカバカしいかもしれないが、主観的にそれは譲れん。
相手は正統派の居飛車と舟囲いのようだった。教科書通りの駒組みである。ただ、時間をかけないで手が早い。1手1手を5秒以内で指してくる。
私『さて、方針は持久戦と決まった。序盤の駒組で相手は正統派とも推測がつく。序盤は自分が知る最もディフェンシブな戦法でなんとか互角を保つ。勝負は幅広い発想力勝負ができる中盤!で、終盤はしのぎ切るというシナリオしかあるまい。…中盤が通用すると信じたいが、ダメかねえ?』
まずは向飛車に組む。相手の飛車をこちらの飛車で相殺して時間を稼ぐ狙いがある。相手は極めて正攻法で舟囲いからさっさと銀を繰り出してくる。そろそろ、奇策をねらえないかと一手毎に隙を窺うのだが。。。
私『だめだ。仕掛けてもことごとくやられる絵図しか見えん。良くわからんが危険なことだけはわかる。なんだ、これは。』
相手は普通に指しているだけなのだが、自分でも気圧されているのが分かる。盤上には表れないだけで私の何回か脳内で試した仕掛けはことごとく打ち破られる。必然的に仕掛けることができず駒組が進む。
脳内にアラート音が鳴り響く。なんというか、長兄や父母と戦う時にも感じないプレッシャーを感じ、囲いを構えるつもり無かったのに自然と身構えさせ「られて」しまった。気付いたら仕掛けることもできずに、私のほうは本美濃が完成していた。「元県代表」という話に私が萎縮しただけなのか?それとも、長兄に叩き込まれた速度計算の初歩をかじったゆえ感じ取れるようになった「何か」なのか?
私『ううむ、長兄には「感じるな、考えろ」と教えられたが、つい、本能的な危機感から防御を「組まされて」しまったぞ。私が今まで味わってきた「格差」よりも上ということなのか?』
不意に手の震えが止まらなくなる。まるで信じてもらえなくなって久しいが、私は元々「人見知り」で「大勢の前が苦手」な「アガリ症」だ。(そのくせ、目立ちたがりというわけのわからなさ)
見事なまでのコンプレックスの塊だがカラ元気とクソ度胸、根拠のない自信でそれに対応した。苦手を自覚して以降、機会があるたびに自ら率先して大勢の前で話す様にして状況に慣れた。いまや「人前で講師をやりたい」と思うまで持ってきている。ところが、ここにきて、「それ」が再発した。
私『こうも震えるか。まあいい。アガルのを完全に抑える事は出来なかったが、アガった状態を楽しめるようにはなっているさ。ここまでクルなら別に落ち着かなくていい。アガッたまま考えて、アガッたまま指す。』
アガッた自分の状態がおもしろい。むしろ、生きている実感がある。ただ、結果が出る前から、既にこのありさまだ(笑)。
私が第三者として、客観的に賭ける立場なら、迷わず相手に全額賭けるだろう。だが、自分が当事者として戦場に立ち、逃げる選択肢が無いならば、怯まず立ち向かい打倒を目指し最善を尽くすのみである。「自分は弱い」という理由で、諦めているのでは、死ぬまで何も勝ち取る事はできない。本来、「自分は弱い」という事実は戦うために考える理由にするべきものだ。単に逃げるのと、将来の展望を持って逃げるのとは意味がかなり異なる。ゴールや目標がある方が頑張れるというものだ。
気圧されつつも防御を固めたのが結果オーライだった。序盤はほぼ互角の展開で先に竜を作り桂馬を入手する。まあ、単に先手だったからという一手差レベルではあるが。
ハナー『よし、ここまでは望外の出来だ。県代表がなんぼのもんじゃい!この戦争が終わったら、故郷の幼馴染と結婚するぞ!(←死にフラグw)』
そろそろ相手を上回る可能性が僅かにある「構想力」を発揮して、苦手な終盤前に優勢を築きたい。その為には一定の時間が必要だ。消費時間を確認する。相手はまだ20分中2分しか使っていない。こちらはもう25分中18分使わされている。
私『こんなに時間使ってたか!まだ、中盤の入口なのに。』
格上相手なのでその差を埋めるために常に無い知恵を絞って戦う代償=時間はやはりでかい。良い工夫が思いつかないまま、単調な攻撃となり、こちらが一枚足せば、相手も一枚足すという「数の攻めには数の受け」で「単なる舟囲い」が崩せない。無限に再生される。
私『ちと、マズい戦。』
思考を整えたいところだが時間制限がそれを許さない。
攻めあぐねている間に形勢が逆転する。というよりは今までは互角だったのが、終盤に入ってから形勢は悪化の一途をたどる。
ハナー『防衛線を下げて粘れるか?』
相手は一段飛車。私にとっては毎度毎度の6六角を攻防に効かせながら、軽い罠を張るが、ちゃちな引っ掛けに嵌まる訳もなく、着実な攻めで守備を削られていく。
ハナー『なんとか読みを外して考えたいところなんだが、時間が・・・』
焦る時は空回りするもので、攻めは大した戦果をあげず、相手に手番を渡すのみ。少しずつ、だが確実に防衛線を押し込まれ、包囲網が確実に狭まってくる。
ハナー『時間も、相手も止められんとは。』
結局、王手すらかけられずに完敗。完全に横綱相撲だった。胸を合わせた状態から、危な気なくがっぷり四つで腰を落としながら寄り切られた感じである。正直、まったく見せ場は無かった。
私『初戦に勝って、後は指さずに全勝を言い張るセコい計画もあったが、それもダメになったか(笑)』
実は「全勝」ならとあるご褒美の約束があったのだが、当然にそれもご破算だ。終局2010年4月25日1259時。30分持たず、一切の見どころも無いままに完敗。ほとんど北斗の拳に出てくる量産型のモヒカンのようなやられっぷりであった(苦笑)。
本調子ではない母もほどなく敗れ、残るはエースである長兄のみ。だが、長兄も相手の居飛車穴熊に大苦戦していた。
私『あちゃぁ、これは時間の問題だな。』
一目、ひどい。私が見ている目前で長兄は自玉を守る為に竜を引いたのだが、桂馬で王手竜取りをくらう(局後に聞いたら、「竜を引かなければ即詰みがあった」そうだが)。
今とられた竜をはじめ、守備ゴマは大半が召し上げられ、相手の持ちゴマとなっている。孤立無援になった長兄の玉に相手の攻め駒が殺到する。一間龍の追い討ち。だが、長兄は粘る。ある時は守備に持ちゴマをじっと打ち、ある時は攻撃をひらりとかわす。息詰まるような追い込みを延々と凌ぎ続ける。相手の攻めばかり、気が遠くなるくらい20手以上続いただろうか。その全ての猛攻を長兄の玉はさながらシューティングゲームのように、障害物を利用しながら、あるいは受け、あるいは回避する。
私『粘っているだけに見えてたが、まさか・・・。』
対戦相手が思わず「あっ」と声をあげる桂馬の懐に飛び込む「会心の飛び込み」から長兄は入玉に成功。相手の穴熊玉に自玉みずから肉薄し、接近戦へ持ちこむ。上杉謙信の単騎突進さながらである。長兄はその手に持ちゴマの金を持っている。
私『ここでのセリフは「ゼロ距離、とったぞ!」かな。さすが俺とは役者が違う。よくもまあ、あれだけ粘ったもんだ。半ば呆れるね。』
(余談:ゼロ距離射撃というのは本来水平撃ちのことなので、近距離射撃という意味では「接射」が正しいらしい。)
こういう、本人の工夫と努力で勝ち取ったカッコ良さは素直にかっこいいと思うし、感動する。約束された、あるいは与えられた、いわば「ご都合主義のカッコよさ」には「手軽で簡単、事故らない」という大いなるメリットがあるのは十分に存じているつもりだ。
ただ、私の嗜好としては、「勝ち取ったモノ」でなければ感動が薄れるということだ。誰かや何かの物まねでセリフや言動がかっこいいだけって、マニュアルや攻略本を見て答えを知っているのと同じ匂いがする。
<結果を競い、達成感を目指すのが「ゲーム」や「競技」であり、その過程を重視するのが「演劇」や「ロールプレイ」なのだろう。それぞれの良さを知った上で好みのスタイルを築けばよいのだろう>
長兄が自分の4三の玉を拠点に3二金とステーク・・・じゃなかった、王手を2一の玉に打ち込み、勝負あり。周囲のギャラリーがざわめく大逆転勝利。我が一家チームとしては全敗を免れる価値ある一勝だった。
長兄「完全に負け将棋で何度か投げようと思ったが、こんなこともある。後半は飛車金以外なら何枚渡しても詰まない形だったから、なんとかなったな。」
うーむ、こういう「泥臭くても最後には勝つ将棋」、できれば私がやりたいところだったんだが(苦笑)。県代表を争うクラス3名を並べたチームはやはり強かった。
第一局目の結果「私 ●」「母 ●」「長兄 ○」
私『負けは仕方ないとして、やる事はやっとかないと』
長兄の逆転劇に興奮覚めやらぬ中、第1局後の終局図と残り時間を確認しておく。
私『軒並み消費時間は我々三名の方が少ないか。相手は皆最新型か?』
最新型を良く知らない私としては客観的に見れるはずの父に相談したかったのだが、父はプロ棋士安用寺六段との指導対局に没入しており、無理だった。2局目がコールされる。2局目はNHIさんという企業チームが相手だった。推し量れる事前情報は皆無。第1局と同じく一番右に座ったら、最初、相手方の大将が座りに来て戸惑っていた。
私『…さっきも間違えて大将とやらされたのか?まさかね(笑)。』
いずれにしても、終わった事である。切り替えて目前の相手に集中しなくては失礼というものだ。私の相手は同世代の男性である。いったんリセットするために深呼吸とともに目を閉じる。目の奥が鈍く痛む。
私『脳の疲労度はかなり回復してるな。疲労するくらいのギリギリ勝負に持ち込めなかったからか?それともさっさと負けて回復時間があったからか(苦笑)?』
25日1330時対局開始。振り駒の結果、私の後手。まずは様子を見ながら指し進める。
私『前ほどのプレッシャーは感じない。コチラより強いにしても、絶望的な差ではあるまい』
感覚的なところでは、父母ほどの腕前は無いように感じる。私が普段指す戦法の大半は中途までは共通の駒組で標準化してある。相手を見ながら戦法の後出し選択が可能になっている。こちらは態度を決めずにタラタラと様子を見ていると、相手は自らの角道を銀で止めた。
私『む?たしか矢倉ってこんな出だしじゃなかったっけ?』
「矢倉は将棋の純文学」と言ったのは米長永世棋聖だったか。プロ棋士の研究が最も突き進んでいる「純文学」が矢倉戦法らしい。「らしい」という書き方なのは単に私が矢倉を良く知らないからである。反対に相手は矢倉を研究してない訳があるまい。
私『ならば、ここで矢倉に付き合うのでは単なるお人好しだな。』
サムライ思考な長兄あたりなら、研究の深さ勝負として、堂々と受けてたつのだろうが、ニンジャ思考な私にそんなお行儀の良さを求めても無理な事だ(笑)。
私『正確には、知らないから「付き合いたくてもできない」ってだけだがな。…最善手の演舞とも言える「矢倉24手組」を未だに覚えていないのって、この会場の参加者で俺くらいじゃないか?』
歴代棋士たちが研究し、研ぎ澄ましてきた「日本刀」に独自案の「珍妙な変則武器」をぶつけるタイミングを探る。中途半端な仕掛けをすれば潰される。変則戦法には変則戦法独特の間合いというものがある。
別に将棋に限った話ではないが、相手が今までの知識や経験から『ああ、○○か』と思った瞬間がまさに戦機。人間、どれだけ集中していても「慣れから馴れ」への緩み。「先読みから先入観」のブレが生じる。そこに予想外の動きを仕掛けると、動揺からミスを誘発しやすい。「境界線に仕掛けあり」である。ただ、早期に的確な決め打ちができれば、その後の展開が楽になるのもまた、事実である。
私『相手はマジメそうだし、大会で変則的指し型をする物好きなタイプではないだろう。』
自分の存在は棚上げして決めつける。普通の人なら「研究した正攻法」を指すのが正解だろうが、ヒネた私は変則的に指す。私の場合はそれが最も勝率が最大化すると思っているからである。
私『相手は研究した範囲で変化するかもしれないが、矢倉という大枠は変わらないはずだ。』
私『ならば、こちらも早めに飛車の動きを印象づけておこう。』
将棋は情報全公開のゲームでこちらの駒の動きを隠すことはできない。だが、意図を隠すことはできる。相手に与える情報で相手の思考をある程度誘導することで本命の狙いを隠匿できる面はある。銀を5七に上げてから飛車を7筋に転換後、浮いて相手の飛車先を受けておく。これで角が9筋から覗けば普通の石田流である。だが、ここから角を右側に展開する。先だっての家族内試合で長兄に20年ぶりに勝利した(?)現時点の私が用いる「最強戦法」である「鎖鎌」が完成する。
私『相手には普通の石田流の先入観を持ってもらう。いつもとは違う手順で「鎖鎌」を仕掛ける。』
相手が石田流を知っていなければ、この陽動の意味は薄れる。陽動はある程度、相手の知識や力量を図らなければならないということだ。
鎖鎌は自分なりに理論を組み上げた戦法だ。当然にその本質を地球上で一番知り尽くしているのは私であるはずだ(知りもしない戦法の本質はプロ棋士だって考えようがない)。
…むろん、その理論が単なる独善である危険性はある。客観的に通用するかどうかをこれからの対局で証明できれば良いのだが。
私『さて、変化した出だしは実戦初投入だが、本質さえおさえていれば即時対応は容易。拙いながら自分で組み上げた理論であり、戦法なんだ。書籍の丸暗記とは違うのだよ、丸暗記とは!』
いつもと違う組み方をするからには、差異を把握する必要がある。…袖飛車スタートと違うから、3筋の歩交換がない。持ち歩が一枚少ない代わりに右翼が手薄にならずに済む。5七と6八に銀、4八と5八に金を並べ3九に玉を据える。定位置と言える2八に寄せないのは端から自玉を離す事で、将来矢倉を端攻めした時の反動を抑える構想がある。相手は実直に矢倉を組み上げている。予想通り、相手の4四歩が来た。
私『やはり来たか。このタイミングだ』
いったん中央に角を飛び出し「2手角」で右手に戻す。「鎖」の準備が完了する。従来は「3手角」と言われる手順を一手ショートカットした。この「一手の省略」がバカにできない。それを最後まで保てば勝つのが将棋である。いずれにせよ、相手の7筋に「鎌」である飛車と合わせた集中打撃を浴びせる攻撃態勢がととのったことになる。相手は「一手遅い形」になっている。
私『たしかに矢倉という「戦法」は攻防のバランスが取れている優良な戦法だ。だが、「使い手」がどれくらい変則に対応できるか?試してみよう。』
気分は「ガンダム(矢倉)にのったアムロを試すグフ(鎖鎌)のランバ・ラル」である。いつものように引っ掻き回して「泥んこレスリング」に引きずりこむ。私は未だにこれしか戦い方を知らない。選択の余地などハナからないのであった。
私『7筋への攻撃を開始。』
あくまでも「アマチュア初段」の私見だが、矢倉などの守備が堅牢な戦法は守備に各種コストがかかり過ぎるため、その分、攻撃陣が手薄な印象がある。ゆえに堅牢な守備ではなく、まずはその攻撃部隊を攻める。その攻撃陣に主攻と助攻を浴びせて圧倒した後に、その優位を利して堅牢な矢倉を崩しにかかるという二段構え各個撃破プランを考えている。鎖鎌はこの戦略を実現する手段(戦術)である。
私『近代戦史でいえば城塞都市と野外駐屯部隊がいる場合に近い。まずは野外駐屯部隊を潰して、都市を孤立させる考え方だな。』
矢倉囲いよりも先に野外駐屯部隊を狙う理由は2つ思い付く。まず、自軍への直線的な脅威だという事。そして要塞よりも潰しやすいという事。
私『銀河英雄伝説でヤン提督が行った難攻不落のイゼルローン要塞奪取作戦…とは似てないか(笑)。』
一時的とはいえ、戦略上重要な敵玉を無視するのは勇気がいる。とはいえ、相手攻撃陣を攻めるのは防御にもなっている。「攻撃陣が攻撃される」という事を教えている本は少ない…と思う。相手の攻撃陣を安い駒で潰せればこちらの勝ち。逆にうまく駒を捌かれればこちらの負けである。
私『リアルの大半で「答え」はマニュアルや攻略本には載ってないし、他人に聞くものでもない。自分の認識範囲で考え、覚悟を決めて導き出すものだ。』
相手は目論見通りこちらの変則的な仕掛けに対応できず、長考している。変化対応力の勝負であれば、型に嵌った相手にそうそう後れをとることはないはずだ。堅い戦法である矢倉を選んでいるあたりから、勝手にそう「決めつけただけ」なのだが、どうやら図星らしい。
私『純粋な棋力でも、戦法の優秀性でも、個々の比較では負ける。だが、相性やコンビネーション勝負で、まずは一本取らせてもらった』
相手攻撃陣の突破の為にこちらの飛車を切り、角と銀を入手、竜を作られたが馬を作る。
私『飛車を切る展開なら玉は3九より3八が断然良かったな。次回は改善しよう。さて、駒得はこちら、手番と玉の固さは相手に分がある。しばらく、受けねばなるまい。』
こちらが優位を築いたのはあくまでも攻撃陣営の差し合いである。まだまだ、勝利は決定的ではない。相手は「鬼より怖い二枚飛車」である。それを攻防の6六角で牽制する。6六角が味方の9九の香に利いているのがミソだ。簡単には取らせない。
私『この僅かな差で桂香を先に入手できるな。』
長兄いわく「将棋の最善手は9割以上が地味な俗手」であり、「将棋の強さとは決戦時期までにそれらをどれだけ積み重ねられるか」だとか。将棋に限らず、人生等万事に通じる真理やもしれない。
相手は7八竜とかわしたが、さらに7九歩と執拗に追いかけまわす。あきらかに長兄の言う「最善手」とは違う気もするが。私にとっては相手のミスを誘うのが最善手だ(笑)。全てを見抜かれると結構キッツイことになるのだが。
私『竜を自陣に引けば攻めを遅らせる事ができる。こちらの陣に留まれば…(にやり)』
相手は8七竜とあくまでも攻撃にこだわった。後方に大きく逃げると攻撃参加が遅れるのだし、正常な感覚ではある。だが、この場合は・・・
私『かかった!』
間髪入れず7八銀と打ち込み8九にいる飛車に絡めた両取りをかける。9九の香を取らせない形にした時点で相手の動きをある程度、誘導する構想があった。おそらく引っ掛かると思っていた。大ゴマの利きで相手の動ける範囲を制限し、小ゴマでとどめをさす。
私『銀を使った飛車と龍の両取り、名付けて「飛竜銀縛り」ってとこかね。これで勢いを止められるかな?』
明らかな優勢を築き、本来の予定でいけば相手の矢倉攻略に取りかかるところ。
私『相手の攻撃は大ゴマ残り1枚。相手の防御は無傷の金矢倉か。駒得が大きく、こちらは飛車と香がプラスで銀がマイナス。明らかにこちらの勝勢か。』
ふと、チェスクロックを見ると時間がない!相手は残り5分、こちらは3分。独自構想を行い、一定の成功をおさめたのは良いが、例によって時間を使い過ぎたようだ。持ち時間25分はやはり短い。
優位を確信した私は安全を期して受け潰しにいったが、この方針が間違えだったらしい。考えてみればもともと相手の方が棋力は上なのである(笑)。相手をなかなか振り払えない。ジリジリと押し込まれる。優位からきた油断と時間の無さという焦りから、攻防における速度計算が甘かった。駒得を少しずつ取り戻される。中盤でせっかく稼いだ差だったのだが、終盤に向かって例のごとくクロスゲームに持ち込まれつつあった。相手の攻撃は一方向からのものなのだが、歩が切れているのが大きく、と金を作っては攻める手筋が歩が1枚でもある限り成立する形。
私『受け過ぎたか!こうなってみると、有利になってからは相手の攻撃を無視して速度勝負に持ち込むのが正解だったんだな。』
相手が1手、こちらも1手ではあるが、効率というものがある。相手の攻めの効率がこちらの受けの効率を上回るので不利になるという事だ。
私『…仕方ない。まずは速度計算のやり直しからだ。有効な受けを…もう、ないじゃねえか。ただ、相手はまともな王手までに2手かかる。こちらは詰めろの連続で迫れば!』
残り時間2分。この日一番の集中力を発揮。
私『駒の軌跡が見える!・・・・・・ような気がするw』
攻めの考え方の基本は「相手玉に駒の利き」が向かっていく事。
私『端攻めは伏線として仕込んでおいたが、ちと遠い。思ったより歩が手に入らなかったからな。こちらの戦力は…6六の角、8一の馬。7ニの飛車。戦力は充分だが働きが悪いな。』
8一の馬はまともに相手玉に向かっていない。6六に打った攻防の角は玉をにらんではいるが、4四歩と3三銀の2枚の障壁で遮断されている。7二の飛車は3二の金で遮断されているだけだが、3二の金に働きかけるちょうどよい持ち駒(斜め後ろに利く駒)がない。
私『持ち駒は金、桂馬か。この予備戦力を投入して、攻めの足掛かりを作り、大駒に活を入れる。』
配置と条件、手順を確認する内に駒の軌跡が見えた。無傷の金矢倉に2五桂馬打ち、2四銀と上がらせて4四角と切る。同金と上ずらせて、7ニにいる竜をきかせての4二金打ち。
私『上、斜め、横の連携同時攻撃だ。「私にしては」リズムにのった良い攻めだが、…届くか?』
長兄に幾度もくらって「体で覚えた」複数個所から同時に働きかけて相互作用で相手守備を崩す。同金に同龍で一間龍の王手。3ニ金の合いゴマに斜め後ろに利く角が銀があれば連続王手で「即詰み」、勝利できるのだが、あいにく手にあるのは金だった。先ほど上ずらせた金を4四竜でいただく。4三銀打ちの竜取りに、今まで働いてなかった8九にいた馬を5四馬と引く。その銀で竜だけではなく馬をとっても良いよと『わざと相手に両取りをかけさせる手』である(この手は後に評判が良かった)。要は両取りといっても相手はどちらか片方しか取れない。龍取りになった瞬間に働いていない馬を引く事に大きな意味がある。どちらか片方(この局面ではおそらく馬)が犠牲になるが、龍が生き延びることで相手玉に迫れる。
既に持ち時間は20秒を切っているがこの馬引きで詰みまで見えてきた!
私『よし、遠かったが詰みが見えた! 時間もギリギリ間に合う!』
…極限まで集中し、瞬間指しを繰り返していた1417時、私の懐中の携帯電話が振動を開始した!マナーモードにしていたので即座に「無視」と判断したが、僅かに集中力を失い、ここで痛恨の手順前後をしてしまう。竜をまわって相手の守備駒に狙いをつける手が明らかに「指しすぎ」だった。
私『ぬかった!』
相手に2五の桂馬を払われ、体勢を取り戻されてる。その手が龍取りになっているので応じざるを得ない。
私『桂馬が残っている内に攻め切らないといけなかったんだが。』
盤上の駒を活用する3七桂馬とはねて、継ぎ桂の好手が見えていた。2五の桂馬さえ維持できれば、その後は「一手の差で人類が勝利」だったのだが、この遠回りのせいで明らかに遅くなってしまった。
私『ミスも実力のうち。なんとか立て直しを…』
内心の動揺を押し隠しながら、体勢を立て直そうと瞬間指しを続けたが、一度逃がした勝機はそのままこぼれていった。時間切れ。あと数手をかければ、おそらく相手を詰められることはわかっていた。自玉は王手を一回も受けていないのは事実である。それでも負けは負けrz。
私『携帯電源は切るべきだったか。広く色んな要素を考えるはずの自分がこんなことで足下をすくわれるとは…不覚。』
終局1419時。時間切れによる惜敗。相手も残り時間1分という極限の勝負だった。ここでも母は本調子が出ずに負け、長兄はまたも一手差を見切って勝利をもぎとっていた。
●戦線離脱とその後
三回戦はパナソニックCチームであった。噂などから推測する限り、今までの2チームよりも強そうだ。再び目を閉じつつ、深呼吸。頭の奥に鈍痛がある。脳内の酸素やエネルギー不足を確認。これはダメっぽい。勝利していればかなり回復したのだろうが、ギリギリでの負けが一番応える。
私『ごめん。集中力を回復させたい。交代頼める?』
父『2局目は勝ってただろう。もう一局やったらどうだ?』
私『いや、自分より実力者相手に連続で脳を振り絞るのは限界だわ。精根尽き果てた(笑)。4局目に復帰の方向で。』
事前に甘いものをコンビニで買うつもりだったのだが、忘れていた。ヤムチャのように大して役に立てず、戦闘を離脱(読者の皆さんにも申し訳ないのだが、チーム成績の事もある)。
パナソニックCチーム相手には母が勝利したが、長兄がうっかりで敗れ、父も抑え合いに敗北。最終戦、私はプロの安用寺先生に指導対局を受けている最中で間に合わず。最終戦はパナソニックBチーム。いずれも僅差ながら3タテを喰らう。最終的に参加14チーム中最下位になり、残念賞となった。チームOSKは「表出ろ、外で勝負だ、このヤロー」のつもりだったが、他チームとはとても分厚い紙一重があり、表につまみ出されたのは我々の方だった(苦笑)。「おおなんと、そいつはないぜ、困ったなあ」である。
●反省会と誕生会
その後、家族全員で反省会兼母の誕生会。京都のリストランテにて。
前回家族で出場した大阪大会よりもレベルが上がっていたというよりは我々一家が最新形の勉強を怠っていたのが最大の敗因だろう。
「最新形を常に勉強しとかないと時間制限に対応しきれない」という反省。最新形を知らないばかりに、いちいち考える時間がかかり、考える労力が取られる。事前に知っておけばそれをかなり減らせる。私と同じく、父も二敗。母で一勝三敗。一族最強の長兄でやっと二勝二敗という厳然たる事実がある。
また、私の場合は敢えて「最新形」よりも、「独自研究」を深めて、「自分の世界」を作ること、そこに引きずり込むための「基礎体力」にあたる詰め将棋の数をこなすことを言い渡された。・・・飽きっぽい私にはコツコツやる詰将棋は一番苦手だ。
長兄「おまえは無駄が多い分、まだ伸び代がある。何度も言っているが、そろそろちゃんとやれ(笑)。」
そう私に言った長兄は「将棋は結構飽きた」とか言いながら、教室から将棋本を五冊ほど持って帰った(笑)。おそらく後半の集中力切れのポカ負けが悔しかったのだろう。あの男はそういう男だw。
次回はもう少し、上を目指したい。
●対安用寺6段(飛車落ち)
さて、その後回復が間に合わなかった私はプロ棋士の安用寺六段に二枚落ちを挑んだ。袖飛車で桂馬を跳ねさせて端攻めを金で受けさせて、本命は4筋と攻め立てたが、プロ棋士は桂馬や歩だけの攻めでこちらの舟囲いを見る間に突き崩される。
私『駒のその場での働きはもちろん、その後の活用度合いがすさまじいな。有効活用で同じ駒を私の3倍くらい効率的に動かしている』
毎度ながら、受け無しまで追い詰められてから猛追を開始した。最後は竜切りからの「詰将棋のような5手詰め」が見切れれば勝てたのだが、防御のつもりで相手の桂馬を払った手がお手伝いの敗着。なかなか届かないものだ。
もらった言葉は「攻めの時は盤面を広く使い、あちらと思えばまたこちらという手数の多さが良かったですね」ということ。とはいえ「守備に関してはもう少し考えた方が良い」とも言われた。このあたりは「自分の形を崩してでも変則効果の高い攻撃陣形を作る」という私の性質上、表裏一体の項目でもあるわけで、両立がなかなか難しい。
CIA(内部監査人)や行政書士資格から「ルールについて」、将棋の趣味から「格上との戦い方」に特化して思考を掘り下げている人間です。