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先日、全国医師リクルートに先駆けて、リクルートのWEBページ掲載用の在籍医師インタビューがありました。
その中で、最後に”長岡に住んでみて、どうか”と問われました。その時はとっさに思いついた事柄のみの回答となってしまったので、改めて考えてみました。

冬を過ごした感想は必ず聞かれるところですが、こちらに来て一番驚いたのは、冬の昼の短さです。
冬は15時をすぎると一気に暗くなります。
長岡は横浜より北にあるからかと思って調べてみると、例えば2021年の冬至(12月22日)の日の入り時刻は、新潟市で16:28、横浜市で16:32と日の入りは4分早いだけ、昼の長さも13分短いだけでした(日の出時刻は各々6:56、6:47)。
圧倒的に異なるのが、日照時間です。
気象庁の過去30年の平均データで、12月-2月の合計日照時間は長岡市 148.2時間、横浜市 539.4時間でした。
こちらは曇天で日が傾くと日没前に暗くなってしまうのだと納得すると、昼間は分厚い雲の下でも明るくなることに、かえって太陽の光の力強さを感じます。
また、冬至を過ぎると、あとは日ごとに昼間が長くなっていく一方だといううれしさで、その後の雪や寒さの本番も乗り切れます。
冬は、長岡の南側の山に近づくほどに雪深い景色が広がり、平野を海にむかって北に進むにつれ、段々と雪が少なくなっていくという、ダイナミックな変化を体感できます。
また、ハクチョウやカモと言えば、小学校の池に浮かんでいる姿しか知りませんでしたが、こちらではハクチョウが優雅に空を舞っては雪解けの田んぼに集まって餌を食べ、川には無数のカモが浮かんでいます。
ハクチョウやカモが渡り鳥であるということを実感しました。
雪が降らなくなり寒さが和らぎはじめると、春の訪れを感じたくて、雪割草やカタクリ、フキノトウを探しに出かけます。その後、一気に草木の緑が育ち、様々な色の花々が咲いて色鮮やかな世界に変わる様子に、毎年心躍ります。
このワクワクは雪国ならではと思います。
植物やヒトを含む生き物がみんな、陽の光をありがとうと言っているようです。
初夏はホタルが舞い、日差しを遮るものがない夏は暑いですが、海水浴をしたり、花火を観たりといった楽しさがあります。
今は一番過ごしやすい気候で、外にでかけたくなります。
先日、バッタやトンボの虫捕りで遊んだ後、温泉につかって、夕陽が沈む様や山の上の赤みがだんだんと消えて暗くなっていく様をのんびりと眺めました。その帰り、車の窓をあけて虫の声がどこまで聞こえるか確かめてみました。結果、トンネルと橋の上以外はずっと家まで聞こえていました。
耳で季節を感じるというのも、こちらに来て得た新鮮な経験です。
外に出ると、聞こえてくる音に耳を傾けることが習慣になりました。

早春の花探しのバックに聞こえるカエルの鳴き声はアカガエルのもので、池にはその卵や孵化したばかりのオタマジャクシが泳いでいます。
初夏から、田んぼでは毎晩カエルの大合唱が続きます。
今の時期、昼間のセミの鳴き声はアブラゼミやミンミンゼミから、ツクツクボウシのものにうつり、先述の秋の虫達の音も響きます。
生き物の声のない冬は、雷と強風の音に眠れない夜があります。
そんなときは、「雷は夏の夕方」というのは私の勝手な思い込みであって、ヴィヴァルディの「四季」がもし北陸地域で作曲されたなら、「冬」の楽章に嵐・雷鳴が表現されただろうと考えます。
どうしてこちらでは冬の雷なのだろう、という興味もわきます。一方、しんと静まりかえった夜も不気味です。雪がしんしんと降っている様子が想像され、朝早めに家を出る覚悟をしなければいけません。

思いつくままに書き出してみました。
当院の医師の出身地はさまざまで、地元新潟・長岡の出身は澁谷先生だけです。
澁谷先生はよく、「長岡はちょうどよい田舎」といっています。
いろいろな意味合いを含んだ言葉でしょうが、私も、たぶん、その通りだろう、と思います。
子供と一緒になって、「初めて見た、初めて知った」と長岡の四季を楽しんでいます。

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