世論調査における政党支持と回答者の世帯年収との関係について(その1)
読売新聞社のウェブサイトに下記のタイトルの記事があった。そこでは、世論調査における各政党の政党支持率が回答者の世帯年収との関係で取りあげられていた。
「維新の支持層は、低所得者」本当か?<上> (2022年6月17日付け)
「維新の支持層は、低所得者」本当か?<下>(2022年6月18日付け)
この2つの記事について書いてみようと思う。なお、以下の本文中のグラフは、記事で公表されているデータから筆者が作成したものであり、内容に間違いがある場合には筆者の責任である。
1. 世帯年収6分類別にみた維新、立民、その他の支持率
「記事<上>」では、「低所得者層」での「維新支持」について触れられている(注1)。確かに、モザイク図(1)で見るように、相対的に第1層では支持率が高いが、第5層、第6層でも同様の傾向が見られるようだ。記事の筆者である深谷浩隆氏は、さらに、近畿に絞って分析を行い以下のように解説している。ここで焦点が合わせられているのは、自民との比較での維新の支持率である(注2)。
深谷氏は、「記事<下>」で、客観的な立場から、自民については「支持層の年収分布が、回答者全体とおおむね一致して」いると評価しつつ、そのために政策が「総花的」になりがちであると説明している。立民については、「年収400万未満の層の要望や不満をくみ取って政策を練り直」おさなければ「自民を脅かす存在へと脱皮すること」はできないとしている。
維新が抱えている課題については、以下のようにコメントしている。ここでは、「V字型」については言及されていないが、なぜV字型——これは両極化(polarization)と言い換えてもいいだろう——が維新支持者の中で形成されうるのか、また、その分布が現在の自民のように回答者全体の縮図の形になるということがどういう道筋で起こりうることなのかと思う。
2. 世帯年収3分類別にみた維新、自民、その他の支持率
深谷氏は、「記事<上>」では、維新と立民の支持率の差を世帯年収別に調べて、モザイク図(1)の第5層と第6層に相当する世帯年収800万円以上において「支持率の差が大きい」ことを強調している(注3)。なぜ、ここで、このように維新と立民だけを取り出して、その支持率の差を世帯年収別に把握しようとしたのだろうか(注4)。
そのような方法ではなく、モザイク図(2)に見るように、世帯年収を3分類して維新、自民、その他の支持率を世帯年収別に比較すると、自民と維新は、「低・中」において相対的に支持率が低く、同様に「高」において支持率が高いという自民と維新の共通の特徴が浮かび上がってくることは興味深いことである。
3. 世帯年収6分類別にみた自民、維新、立民、その他の支持率
「記事<下>」のグラフから自民、無党派層のデータを読み取り、より正確に全体を捉えるために世帯年収を6分類に戻し、以下のように2つのモザイク図を作成した。最初のものは、世帯年収を、次のものは、支持政党を説明変数として捉えた形となっている。後者は、各政党がどのような所得者層を引きつけるかという観点ということができるであろう。
モザイク図(3)では、無党派の割合が最も多いのは、第5層であるが、人数としては、第2層に属する無党派回答者の人数が最も多いことなどが分かる。詳しく説明すると、第5層には、80人、第2層には、257人の無党派回答者がいる。同様に、自民党支持者の割合が最も多いのは、第6層であるが、第6層の自民党支持者数は66人であるのに対して、第2層のそれは、230人である。このようなことは、モザイク図の各タイルのサイズ(面積)に反映している。
同様に、モザイク図(4)では、第1層の割合が最も多いのは、「その他」であるが、人数は48人であり、人数としては、無党派の130人、自民の122には及ばない。「その他」は、第3層についても同様のことが言える。
なお、図中の各タイル(あるいはセグメント)の枠線の種類や色は、その部分の回答者数について、2変数が無相関(独立)であるという仮定からどの程度乖離しているかを示すものである。(なお、分析の対象としている2次元のクロス表が正確に再現されているかどうかは、本稿の最後に[補足]として示した。)
図から分かることについては、次の対応分析の中で参考にすることにする。
4. 対応分析
まず、モザイク図(1)を作成したクロス表のデータのままで対応分析を行ってみよう。
上記の対応分析のグラフから、以下のようなことが言えるであろう。
立民(立憲民主党)のプロファイルと第6層(世帯年収1千万円以上)のプロファイルとは、負の相関がある。
維新(日本維新の会)のプロファイルと第6層(世帯年収1千万円以上)のプロファイルとは正の相関がある。
立民のプロファイルと維新のプロファイルとは負の相関がある。
維新のプロファイルと第4層(同600万円以上800万円未満)のプロファイルとは負の相関がある。
次に、「その他」の中の「自民」、「無党派」を取りだし区別したデータで「対応分析のグラフ(2)」を作成した。「自民」と「無党派」が、グラフ上で近接していること(文字が重なっている部分)、また、「その他」(自民支持、維新支持、立民支持、支持政党なしの4グループ以外)が左端に離れて位置していることを見てとることができる。
つまり、「対応分析のグラフ(1)」においてと同様の傾向が見られるとともに、公明党、共産党、国民民主党、れいわ新選組、社民党等が含まれる「その他」が第1軸の形成に最も寄与している状態が現れている。自民党支持者及び無党派のプロファイルは、グラフの原点に近く、それらが特徴のない平均的な存在であることが示されている。自民党支持者については、前述のごとく、深谷氏が「支持層の年収分布が、回答者全体とおおむね一致して」いると評価していることがここに現れている。
多様な政党が一括されていることを考慮し、この「その他」をサプリメンタリー・ポイントとして計算から外すと、以下のようになる。第1軸において「立民」と「その他」が接近するとともに、第2軸において、「立民」ではなく、「維新」のプロファイルが際立ってくる——この「維新」は、前述のごとく、そのプロファイルが、「世帯年収1千万円以上」(第6層)のプロファイルと正の相関がある。また、「自民」のスコアが第1軸-0.001、第2軸0.003となって、原点にさらに接近する。
「維新、野党第1党へ本腰…次期衆院選は立民と選挙協力決別か『より多くの候補者出す』」という記事が2023年4月27日付けで読売新聞オンラインに掲載されている。「立憲民主党」と「日本維新の会」との「棲み分け」がうまくいきにくいことの背景には、ここまでの分析で確認されたような政党支持と所得階層との関連性があると考えられる。
所得階層の関連で捉えれば、両党のプロファイルは、かけ離れており、両党の支持者が政治に期待する内容にずれがあるはずである。したがって、たとえ有権者への呼びかけが選挙協力についてなされても、両党の支持者の投票行動に大きく影響を及ぼすことがあるとは想定しにくい。(公明と自民の場合には、明らかに、別の要因があって協力がなされているのであろう。)
なお、「無党派」をサプリメンタリー・ポイントとした場合も調べたが、その場合には「その他」をそうした場合のような大きな変化は見られないので省略する。「自民」を外しても同様である。
[注]
(1) この記事の書き出しには、管直人氏が「大阪での維新の躍進は、『低所得者層』の支持にある」ということをツイッターで投稿したことに触れ、これを「気になる発言」と捉えて、「世論調査の結果から検証」しようとしたという説明がある。
深谷氏の結論は、「維新がより厚い支持を得ている高所得層への言及がない」ので管直人氏の「仮説」は、「不完全なもの」というものである。
この点については、「管直人氏の仮説」が、時系列的に見た増分を想定していたのであれば、クロス・セクションのデータからその妥当性を検証することはできないはずだと考えられる。
ボリュームの面から見れば、どの政党にとっても、低及び中の所得層の動向が重要であることは言うまでもない。
(2) 年収ごとの自民と維新の政党支持率(近畿のみ)
(3) 「記事<上>」に掲載されていた表を以下に引用する。この表では、筆者が作成したモザイク図(1)では見てとることができる情報が欠落している。
(4) 注1で説明したように、深谷氏の探究の出発点は、「立憲民主党最高顧問の管直人・元首相」の日本維新の会に対する批判のようである。そのために、立民と維新との間がライバル関係にあるという想定を前提にしたのかもしれない。
[補足]
再現した2次元のクロス表が正確かどうかを確認した結果は以下の通りである。「記事<下>」に掲載されている各政党の支持率の表と一致する。