標準化ーケーススタディ①(日本語のみ / Japanese Only)
ケースの紹介と目的
安川電機の「経営情報の見える化」記事(日経2021/04/25)
安川電機の経営情報の見える化は、DX(デジタルトランスフォーメーション)の一環として触れられたものである。
経営情報の見える化のためには、各拠点のデータや業務の標準化が欠かせず、私が参加したプロジェクトと似ているため、ケーススタディとして取り上げる。
前回のnote(標準化って言うほど簡単じゃない / Standardization is not easy as it is said)したとおり、この安川電機においてもデータの3つの観点(①粒度、②精度、③鮮度)が重要となる。
データ3つの観点にそって、安川電機の状況を見てみることで、「経営情報の見える化」プロジェクトの状況や今後の課題を見出すことが目的である。
結論から言って、安川電機の経営情報の見える化は、まだ導入段階と推察される。
一方で、もしグループ約70社の情報が吸い上げられる環境が構築されているのであれば、今後の展開は早い可能性がある。
①データの粒度:まだこれからと推察
この点については、記載がなかったが、グループ約70社全ての数字が同じ粒度ではないと推察している。
”原価や利益を計算する際の定義もそろえれば、社員1人1人が、会社の利益にどれだけ貢献したかをある程度把握できるようになる。”
という記載は、データの取り扱い方(目的)が決まっていないということである。
つまりどのような分析をするかが決まっておらず、その分析のために必要なデータの粒度が先に決まっているとは考えづらい。
粒度は必ずしもそろえる必要はない。
ズレていてもその数字が小さく、分析に与える影響が小さいのであれば気にする必要はない。
しかし、"毎日"のデータとなると、日々の変化を捉えたいはずであるし、
”「将来は若手社員も自らが関係するデータを見られるようにしたい」と下池は語る。例えば、技術者なら「開発した新製品が従来品と比べて、採算が良くなったか」。営業担当なら「勤務時間あたりの利益はいくらか」。”
ということは、多視点で分析できるようにしたいということである。そのためには粒度は細かく、そろっていないといけない。
②データの精度:データの紐づくコードは統一された。あとは業務次第
記事にあるように識別コードが統一されたようだ。
識別コードがバラバラでは、同じ製品なのか、同じ顧客なのか、紐づけ表が別に必要になるため、業務を複雑化させ、労力を要する。
コードが統一されれば、拠点をまたいで製品別や部材別での分析がしやすくなるのは確かである。
記事には記載がないが、勘定科目といった会計コードも統一されているのではないかと期待する。
これらコードが統一されたら、入力精度を高めるための業務ルール定義やチェック機能の強化を行えば精度は高まっていくだろう
③データの鮮度:本当に毎日更新出来ているのか?必要なのか?
”データは毎日各社から届き、朝に更新される”
”「昨年までは2週間前の古いデータを基に経営会議をしていた」。下池は語る。「変化の激しい時代。2週間で顧客の自動車や半導体の市況が変わることもある」。”
本当に意味ある数字が毎日更新されるのであれば素晴らしいことである。
一方で、2つよく検討しなければならないことがある。
1つは、「本当に現地では毎日更新されているのか?」
もう一つは「本当に毎日更新する必要があるのか?」
である。
まず1つ目の「本当に現地では毎日更新されているのか?」について。
実際には数日の遅延がおきているはずだ。なぜなら、
・営業が退社時間間際に受け取った受注データを経理にまわすだろうか?
・経理は就業時間後にくる帳票のために残業するだろうか?
原価に厳しい製造業で、日本でも難しいと思うが、海外なら尚更である。
もちろん何時以降は翌日のデータと定義するのもよいが、それで”リアルタイム”と呼べるだろうか?
もう一つの「本当に毎日更新する必要があるのか?」はそもそも論だが、目的の検討にもあたる非常に重要なことである。
なぜなら毎日更新されたデータを使って、毎日経営判断を下しているのか?と言われれば、それは非常に困難なことだからだ。
例えを挙げよう。
リアルタイムの経営情報に基づく判断というのは、デイトレーダーに近い。
デイトレーダーは、毎日株価の変化をみて、決算情報やニュースを読み込んで判断し、売買ボタンをクリックしている。
同じように経営層が、毎日の経営情報データの変化をみて、各社・各部門から上がってくる(日々の)報告書を読み込んで判断しているが、その先はボタンをクリックすればすぐに反映される話ではない。
課題の抽出、対応策の検討、実行計画の策定、周知・実行、効果の測定というデイトレーダーの業務とは、まったく時間軸の異なる行為である。
実行した施策が経営情報に反映されるのは月単位で先のことだろう。
”「昨年までは2週間前の古いデータを基に経営会議をしていた」。下池は語る。「変化の激しい時代。2週間で顧客の自動車や半導体の市況が変わることもある」。”
という記載もあるが、このような市況が変わった際に報告してもらう仕組みを作るほうが賢明ではないか、経営情報がどれほど毎日変わるのかという点については検討が必要である。
役員会のありようも変わる可能性がある。
例えば、資料作成には時間を要し、その前提となるデータが1週間前のものだったとしよう。
役員会の当日、朝に社長が見た情報と資料の情報が異なったためにボツになったとしたらどうだろうか?
それは良かったと思うだろうが、それでは役員会はその場で皆で経営情報を見て、その日中に施策を作り上げ、実行しなければいけなくなる。明日には違う数字になっているかもしれないからだ。
カイゼン文化と経営情報の見える化(標準化)は相反する
私の参加したプロジェクトや安川電機が実行した「経営情報の見える化」において業務負担が減るということはまずないと考えている。
”財務部門の負担軽減にもつながった。今年1月に発表した20年9~11月期連結決算は、それまで1カ月かかっていた決算短信の作成が1週間で済んだ。4月に発表した21年2月期通期の決算短信も2週間でつくることができた。”
という記載があるが、これも決算作業の負担が軽減されたのであって、財務部門の全業務における負担軽減ではない。
なぜなら、毎日更新しなければならない情報を会計システムに入力するための作業負担が増加しているはずだからだ。
識別コードの統一という話についても、軽減されたように見えて、実は別の場所で行われている可能性が高い。
A拠点とB拠点で同じコードを使うには、どちらかが親となってコードを発行する。
もしくはすべての拠点を統括する拠点がコードを発行し、全拠点に通知するような仕組みがなければまたバラバラになってしまうことは目に見えている。
各拠点はコード発行のために申請し、発行部署はどのコードが生きているのか、死んでいるのかを更新し続ける作業が発生しているはずである。
各拠点がカイゼンによって効率化された業務に比べれば、業務負担は大きく、所要時間は長くなっている可能性も高い。