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鍋になったカニ人の話

この記事はやえしたみえ様主催の「カニ人アドカレ2024」17日目の記事として参加しています。16日目の記事は◯◯◯(12/17現在未投稿)。

どうもパゴパゴです。今回は異類婚姻譚のバリエーションとして日本各地に伝わる昔話、「猿婿入り」をベースにしたSSをアップします。

◆◆◆

昔々あるところに、三人の娘と暮らしている父親がいました。父親は老齢で、日々の仕事がだんだんきつくなってきていました。あるとき、あまりに仕事が大変だったので、

「つらい畑仕事を手伝ってくれる奴がいたら、娘の一人を嫁にやってもいいのになあ」

と、何も考えずにそんなことを呟いていましたら、たまたまそれを聞きつけたカニ人がさっと前に躍り出て、

「話は聞いたカニ。カニ人に任せておくといいカニ。おちゃのこさいさいカニ」

といいました。父親はびっくりして、半信半疑ながらも任せてみましたが、次の日畑に行ってみると、雑草はきれいに刈り取られ、土はしっかりと耕されていました。これはたまげたと仰天していると、またもや昨日のカニ人がやってきて、

「仕事はちゃんと片づけたカニ。これから新居の準備をするから、明後日にはお嫁さんを迎えに来るカニよ」

と言って、またどこかへ去っていきました。
さぁ困ったのは父親です。まさか本当に娘を嫁に出さなければいけなくなるとは。しかも、あんな得体のしれない化け物に。

「あぁ困った、娘たちにどう説明したものか」

頭を抱え、とうとう体調を崩して寝込んでしまいました。食事も喉を通らず、おまけに熱まで出る始末。

「お父さん、晩御飯の準備ができましたよ。少しでもいいから食べてください」

心配してやって来た一番上の娘に、父親は事情を話しました。

「なぁお前、カニ人とかいう化け物に畑仕事を手伝ってもらったから、娘を一人嫁にやらなきゃいけないんだが、お前行ってくれる気はないか?」
「…………はァ?」

それを聞いた一番上の娘は、眉間に皺を寄せて激怒しました。

「なに馬鹿なこと言ってるの? そんなワケのわからない奴のところにお嫁に行くわけないじゃない!」

そう言うと持ってきた食事を父親に投げつけ、出て行ってしまいました。作ったばかりの熱々のお粥を全身に浴びせられた父親は、「熱い!」と叫んで部屋中を走り回りました。

「お父さん、大丈夫? さっき姉さんがめちゃくちゃ怒ってたけど、何があったの?」

二番目の娘が様子を見にやって来たので、父親はさっきと同じように嫁に行ってくれないかと頼んでみました。次の瞬間、父親がもの凄いスピードで天を仰ぎました。娘の右足が鞭のようにしなり、あごにクリーンヒットしたのです。

「最低!」

痛みにうめきながら畳の上を転がる父親を蔑むような目で睨みつつ、蹴りを放った姿勢のまま二番目の娘は叫びました。

「お、お前、父親を足蹴にするとは何事か……!」

父親はたまらず怒鳴りますが、娘も負けておりません。倍の声量で怒鳴り返しました。

「うっさいバカ! アホ! マヌケ! あたしだってそんな所にお嫁に行くのなんていやよ。もう一生ここで寝てろタコ!」

それだけ啖呵をきると、ぴしゃりと戸を閉めて出ていってしまいました。

「この親不孝ものめ!」

父親は途方に暮れ、またしても寝込んでしまいました。そこへやって来たのは末娘です。しかし一番目や二番目の娘たちとは違い、何も言わずに父の枕元に座りました。ははぁ、さては姉たちからすでに仔細を聞いているな、と父親は内心がっかりしましたが、それでも尋ねないわけにはいきません。

「なぁ、すでに姉さんたちから聞いているかもしれんが──」

しかし話しはじめるや否や、末娘は「いいよ」と答えました。続きを話そうとしていた父親は呆気にとられます。

「お、お前、今何と言った……?」
「いいよ、お嫁にいっても。約束を守らなきゃいけないんでしょ? その代わりに用意してほしいものがあるの」

なんと親孝行な娘だと、父親は泣いて喜びました。先ほどまで床に臥せっていたのが噓のように布団から飛び起き、上の娘たちの鬱陶しそうな視線を浴びながらご飯をたらふく食べると、末娘に言われたとおりに嫁入り道具を集めました。

数日後、裃すがたのカニ人がお供を引き連れてやってきました。

「遅くなってすまないカニ。わが愛しのベイベーちゃんはどこカニ?」

花嫁衣裳を着た末娘がおずおずと前に出ると、カニ人は小躍りして喜びました。

「これはプリテーなお嫁さんカニ! すばらしいカニ!」

そのはしゃいでいる様子があまりにも気持ち悪かったので、末娘の顔はひきつり、二人の姉たちも露骨に顔をしかめてギロリと父親の方を睨みつけました。睨まれた父親は気まずそうに地面を見つめています。

「さぁ、ぐずぐずしてる暇はないカニ。もう新居は準備してあるカニ。二人の愛の巣にレッツゴーカニ!」

娘はカニ人が用意した駕籠に乗って新居に旅立ちました。嫁入り道具はお供の者たちが運ぶことになっていましたが、用意されていたのは大きな鍋やら椎茸やら白菜やらのみで、家具や裁縫箱、衣類などはどこにも見当たりません。共の者たちはそれを訝しみはしたものの、娘の暮らしぶりがあまり豊かではないのを見て、用意できたのがこれしかなかったのだなと納得しました。

山を越え谷を越えして、一行が長い時間をかけて新居に到着すると、娘はまず風呂を沸かしましょうかと夫であるカニ人に尋ねました。

「それはいいカニね。ちょうど旅の疲れを癒したいと思っていたところカニ」

気の利くお嫁さんカニと喜ぶと、そのまま自分は畳の上に横になってゴロゴロとくつろぎ始めました。どうやら自分で風呂の用意をするつもりは微塵もないようです。しかし、娘にとってはその方が好都合でした。

まずは嫁入り道具の中から大鍋を取り出すと、風呂場まで運んで水を入れます。昆布やら鰹節やらを入れてから火にかけ、出汁をとります。その間に手早く椎茸の軸を落とし、白菜や春菊を手ごろな大きさに切って鍋の中に入れていきます。等分にした豆腐を入れ終えたところで、娘は居間でいびきをかいているカニ人を呼びに行きました。

「あなた、お風呂の準備ができました」
「……ん、そうカニか。そしたら入らせてもらおうカニ」

寝ぼけ眼のまま起き上がったカニ人は、小さな桶と手拭いをもって風呂場へと向かいました。

「まずは湯舟に入って冷えた身体を温めてください。それからお背中をお流ししましょう」

そう言って娘が指差した湯船の方を見て、カニ人はぎょっとしました。そこには熱い湯がぐつぐつと煮えたぎっており、白い湯気が濃霧のようにもうもうとたちこめていました。

「なんかめっちゃ熱そうカニ。大丈夫カニ?」

心配になったカニ人が尋ねると、娘はキョトンとした顔をしました。

「うちの家ではこのくらいの湯加減が普通でしたが、お気に召しませんでしたか?」
「カニ?」

その途端、カニ人のこめかみの辺りがピクリと動きました。今のは聞き捨てならない発言です。ニンゲンが普通に入っている湯加減だというのならば、いくら高温であろうともカニ人が臆するわけにはいきません。それは彼らという種族の沽券にかかわります。

「ニンゲンが入れるならカニ人にも余裕カニ。ぬるま湯みたいなものカニ」

そう言いつつも意を決してボコボコと沸騰している湯の中に身体を入れてみると、当たり前ですが死ぬほど熱いです。触れているのは水ですが、体感的には火で炙られているのと変わりません。反射的に湯船から出ようとしましたが、そばで娘が見ていることを思い出し、かろうじてその場に踏みとどまりました。

カニ人ともあろうものが、風呂が熱かったからといって人目も憚らずに湯船から飛び出すなど、そんな恥ずかしい真似はできません。一族の誇りを守るためには、このまま我慢して熱湯に浸かっているしかない。そう思ったカニ人は渋々ながら湯の中に座り込み、熱さに悶絶しながらもじっと肩まで浸かっていました。するとどうしたことでしょう、ふいに湯気に混じって芳しい香りが漂ってきました。

「……なんだか美味しそうな匂いがするカニ。なんの匂いカニ?」
「ああ、それは薬湯です。疲労回復に良いのですよ」

娘が言うと、カニ人はへぇと声を上げました。

「長旅で疲れた亭主を慮って薬湯を用意してくれているとは、なんていい嫁をもらったものカニ。カニ人は果報者カニ」

そう言ってまた湯に浸かっていると、今度は足元になんだかゴロゴロとしたものが転がっている感触を覚えました。なんだろうと思い手で探ってみると、湯船の底には刻まれた野菜のようなものが沢山置いてあります。

「これは……椎茸に……白菜カニ? 春菊みたいなものもあるカニ! どうしてこんなものが風呂に入っているカニ?」
「ああ、それは薬草です」

またしても娘はなんでもないことのように言いました。

「薬草カニ?」
「ええ、うちの村ではどの家でもよくお風呂に入れていました。身体の芯まで温まるんですよ」
「それは知らなかったカニ。てっきり鍋の具か何かかと思ったカニよ」
「もう、いやですよ。冗談がお上手なんですから」

娘がくすくす笑うと、カニ人も釣られて笑いました。それからまたしばらく湯に浸かっていましたが、いよいよ限界が近づいてきました。誇り高きカニ人として、胆力で人間ごときに負けるわけにはいかないと見栄を張ってはみたものの、煮えたぎる湯の苦しみはいかんともしがたいものです。さきほどからずっと頭は朦朧とし、筋肉を構成するたんぱく質は徐々に硬くなり始めています。このままでは遠からず死ぬ、そう確信したカニ人は流石にもう辛抱ならないと湯船から上がろうとしましたが、それを押し留めたのは娘でした。

「あら、もうお上りになりますの?」

娘は何やら大きな半円状の板のようなものを持っていて、それを上から被せようとしています。どう見ても鍋の蓋にしか見えないその物体に不吉なものを感じ、カニ人はごくりと生唾をのみました。

「そ、それは何カニ……? それでカニ人をどうするつもりカニ⁉︎」
「うちの村ではお風呂の最後にこれを頭から被るんです。こうすることで湯冷めしなくなるんですよ」
「ゆ、湯冷めカニ……?」

湯冷めどころかあんなものを被ったら今度こそ茹で上がってしまうとカニ人は戦慄しましたが、しかし娘はキョトンとした顔で彼の方を見ています。

カニ人の脳内を様々な思考が錯綜します。ここで娘の申し出を断り、彼女を突き飛ばして風呂場から走り去ったらどうなるか。『ははぁ、カニ人という種族も大したことはないな。これしきの熱さで音を上げるとは』と蔑まれることは必定でしょう。それだけは一族の名誉にかけても避けなければなりません。ニンゲンごときがカニ人を見下すなどあってはならないこと。言語道断。しかしあれを被れば間違いなく死ぬに違いない。誇りをとるか命をとるか、ぐつぐつ煮えたぎる湯の中で板挟みになったカニ人は、迷いに迷った末についに結論を出しました。

「よ、よし、やってくれカニ……カニ人は勇敢カニ……この程度の熱さならへっちゃらカニ!」

娘の顔がぱっと明るくなりました。

「はい、喜んで! きっとあなたにも気に入っていただけると思いますよ」

カニ人の視界が暗くなっていきます。蓋が近づいてきたのです。最後にちらっとだけ覗いた娘の口元は、不気味な形に吊り上がっているように見えました。やがて完全に蓋が閉まり暗黒が訪れると、鍋の中で逃げ場を失った大量の熱はカニ人へと伝わり、とうとう彼はその中で息絶えてしまいました。

娘は茹で上がったカニ人鍋を口にしてみました。身はプリプリとして美味しく、噛めば噛むほど美味しい出汁がじゅわっと口の中に広がります。野菜ともよく合います。あっという間に食べ尽くしてしまい、もっと食べたいと思った娘は、一緒についてきていたお供の者たちも同じやり方で風呂に誘い、鍋の蓋をしめて煮殺してしまいました。

「どうせ食べるなら美味しく食べたいわね」

そう思った娘が副菜の準備をしたり酒の用意をしたりしていると、美味しそうな匂いに誘われてどこからか淡水人魚族たちがやってきました。生まれて初めて人魚を見た娘はたいそう驚いたものの、この突然の来訪者を快く食卓に迎え入れてやりました。

「あなた凄いわね、そんな風にあいつらをやっつけるなんて」

鍋の材料を娘から聞いた人魚たちは、口々に賞賛の言葉を述べました。褒められた娘は嬉しくなり、実家から運ばせた食材や酒をすべて使い、夜通し楽しく人魚たちと飲み明かしました。そして朝まで続いたどんちゃん騒ぎのあと、人魚たちは娘に沢山の贈り物をくれました。

「美味しいお鍋のお礼よ。人間の価値観は私たちとは若干違うんだけど、これならお金に換えられるんじゃないかしら」

人魚たちと別れたあと、娘は風呂敷にいっぱいの荷物を背負ったまま故郷の村に帰りました。もう二度と妹とは会えないと思っていた姉たちは、彼女の無事な姿を見て泣いて喜び、抱き合って再会を祝しました。

人魚たちからもらったおみやげは大変高価なものばかりでした。ある種の鯨の腹からしか採れない香料の塊や、色とりどりの貝殻、沈没船から拾ってきた金塊など。娘はそれらをお金に変えて姉たちに分け与えました。その後、姉妹たちはそれぞれに素敵な結婚相手を見つけ、いつまでも仲良く裕福な生活を送りました。

一方、彼女たちの父親はいつまでも貧しい暮らしのままでした。末娘が財産をびた一文として分け与えなかったからです。父は一生娘たちに頭が上がらず、いつまでもこき使われて過ごしました。

めでたし、めでたし。

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