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マリンツリーを探して

本記事はやえしたみえ様主催の「カニ人アドカレ2024」20日目の記事として参加しています。19日目の記事はこちら

こんばんは、パゴパゴです! ついに本年のカニ人アドカレも終盤。クリスマスまで残すところあと5日となりました。

間に合った! 今回はもしかしたら日を跨いでしまうかと思って心配していましたが、なんとか日付が変わる前に書き上げることができました。

自分にとっては2024年最後のカニ人SSです。期間中にクリスマスをテーマにした小説を一作は書きたいと思っていたので、無事に完成してよかったです。内容も自分なりに納得のいくものになりました。

本年のアドカレに関して、私の投稿はこれで最後となります。ここからは純粋に他の方の記事を楽しませていただこうかと思います。

それでは本編をどうぞ!!!

◆◆◆

カニ人のひとりが深海で何かを探していました。このカニ人は年季の入ったチョウチンアンコウのランプを持っていましたが、調子が悪いのか、さっきからときどきチカチカと点滅しています。灯りを安定させようと思って揺すったり叩いたりしているのですが、一向になおる気配はありません。カニ人はため息をつくと、ランプのことは諦めてまた何かを探し始めました。

地上で暮らすニンゲンの世界には、「クリスマス」という文化があります。とある歴史上の有名な人物の誕生日を祝し、主にもみの木が使われる「ツリー」をリースなどで飾り付けたり、プレゼントを贈り合ったり、みんなで楽しく食事をするお祭りのようなものです。

地域によっては、お祭りが終わった後でツリーを海の中へ捨てるところがあります。そのカニ人は毎年クリスマスが近づくとこうして海底をあちこち歩き回り、ニンゲンが捨てたツリーを拾い集めてきては、それを材料にしてオーナメントを作っているのです。

どうしてそんなことをするのかというと、海の中の世界にもクリスマスはあって、特に人魚たちが大勢暮らしているような町では、毎年のようにクリスマスマーケットが開かれます。地上のツリーを材料にしたオーナメントはプレミア感があるのかとても人気があり、よく売れるのです。このお話の主人公であるカニ人にとっては、クリスマスの時期は一年で最も重要な稼ぎ時でした。

しかし、今年はどこを探しても全然ツリーが見当たりません。それでさっきからため息ばかりついているのです。

「困ったカニ。今年は竜宮城から大口の注文が入っているカニ。欠品なんかしたらオトヒメ社長に殺されるカニ」

カニ人は恐ろしさにぶるぶると身を震わせました。竜宮城というのは、人竜族のオトヒメ社長が経営している高級旅館です。宿泊料は驚異の一泊百万円。去年そこの従業員がクリスマスの飾り付けを買いにたまたまカニ人の店にやってきて、雇い主であるオトヒメ社長にも教えたのです。

「──ふん、たしかにお前たちにしてはセンスがいいな。で、いくらだ? ……は? ふざけてるのかお前。高すぎる。まけろ」

竜宮城の最奥にある社長室で、愛用の煙管をうまそうに吸いながらオトヒメ社長はふんぞり返っていました。カニ人はもちろん床に正座です。

「高くても2掛けだ。それ以上は払わん。クリスマスの一週間前にはきっちり耳を揃えて納品しろ。ちょっとでも遅れたり数が足りなかったりしたら、代わりにお前たちをツリーの飾りにしてやるからな」

そう言って、オトヒメ社長は煙管の先をカニ人の頬にあたる部分にぐりぐりとねじ込んできました。あんまりにもあんまりな言い草だと思いましたが、残念ながらカニ人たち魚介人と呼ばれる種族には下請法は適用されません。法律が守ってくれないなら自分たちの実力で権利を主張するしかないのですが、この星に人竜族より強い生物は確認されていない……要するに従うほかはないのです。死にたくなければ。

「へ、へい……わかりましたカニ! オトヒメ社長のためなら、カニ人は誠心誠意やらせてもらいますカニ……!」

このように、もみ手をしながら媚びへつらうのがこの海で生きていくためにはベストな選択です。とはいえ、実はカニ人には元来マゾヒスティックな性癖があり、このオトヒメ社長による奴隷のような扱いも、若干喜んでいる節があるのがなんとも言えないところですが……。

オトヒメ社長からの注文はかなりの量でしたので、いつもと同じペースで作っていたのでは到底納期に間に合いません。というわけで今年はかなり早くから材料探しに精を出していたのですが、いつもなら十数本は拾えるはずの使用済みツリーが、今年はまだ一本も見つけられていないのです。

「まずいカニ。このままだとマジでツリーの飾りにされてしまうカニ」

カニ人が脂汗を流しながら必死に探していると、一匹の人魚が通りかかりました。

「あれ、誰かと思ったらあのお店のカニ人じゃない。制作は順調? 今年はみんな楽しみにしてるよ!」

何やら声に聞き覚えがあると思ったら、去年飾り付けを買いに来てくれた人魚でした。その後で鼻血も出なくなるほどオトヒメ社長に買い叩かれたとはいえ、この子のおかげで大口注文につながったのです。カニ人はみずからの窮状を訴えてみることにしました。

「なんですって⁉︎」

人魚は驚きに目を丸くしました。

「それは大変ね……社長はきっとカンカンに怒るわよ」
「それが一番困るカニ。どうにかしたいカニ。どこかでツリーを見なかったカニ?」

必死に訴えるカニ人ですが、人魚はうーんと首を傾げました。

「ここに来る途中では、そういうのは見なかったわねぇ……」
「そうカニか……」

カニ人ががっくり肩を落としていると、人魚が突然あっと叫びました。

「どうしたカニ?」
「そういえば、ワカメたちがバカ騒ぎしながらどこかへ行くのを見かけたわ。見つかるのが嫌だからあまり近づかなかったんだけど、何か大きくて長いものを皆で引きずっているみたいだった。ひょっとしたら、あれがそうだったんじゃないかしら」
「……っ、それカニ! きっとそうカニ!」

人魚のいうワカメとは「ワカメ人」のことです。ワカメ人はその名の通りカニ人のワカメ版のような種族で(カニ人が聞いたら訂正と謝罪を求めてくるでしょうが)、海藻の身体に目や鼻がついているものの、本物の海藻とは違って自由に動き回ることができます。彼らは別名「海の厄介者」として知られており、まるで息をするようにありとあらゆる種族にセクハラをかましまくるため、人魚族はおろか人竜族にまで毛嫌いされ、その名を直接口にしたくないからか、「ワカメ」とか「あれ」などと遠回しに呼ばれているのでした。

カニ人は礼を言って人魚と別れました。そのままワカメ人たちのアジトである「ワカメランド」へと向かいます。深海の奥深く、ところどころに走る亀裂からマグマの光が煌々と漏れる海底火山のふもとに作られたその恐怖の施設には、ワカメ人たちにとって邪魔者であるカニ人を拷問・処刑するための世にも恐ろしい機械や道具などが所狭しと並べられており、そのカニ人が重厚な扉を開けて中に入ったときも、どこかから捕えられてきた大勢の同胞たちが、ちぎられたり引き伸ばされたり粉々にされたりしていました。

「仲間が来てくれたカニ……! きっと救援部隊カニ!」

囚われの同胞たちは雑貨屋のカニ人の登場に色めき立ちますが、当の本人はそんな同族たちには関心を示さず、周囲にすばやく視線を走らせ、やがてワカメ人たちがカニ人たちを茹でて苦しめるために用意した大釜に目を留めました。その下で火に焚べられている薪にとてもよく見覚えがあります。雑貨屋のカニ人が見間違えようもありません。断ち割られて小さくなっていますが、それこそはまさに海中に投棄されたツリーの成れの果てでした。

「か、カニ……」

それを見た瞬間、雑貨屋の怒りが爆発しました。

「おのれこのセクハラ海藻人ども、よくもカニ人の商売道具をめちゃめちゃにしてくれやがったカニね! おかげでこちとら商売あがったりカニ! 今日という今日は絶対に許さないカニィィィ!」

零細個人事業主の悲哀のこもった雄叫びを轟かせ、雑貨屋はワカメ人たちの真っ只中に突進していきました。ワカメ人たちは一瞬その勢いに気圧されはしたものの、雑貨屋が単身突撃してきたのを見てすぐに気を取り直し、逆に四方八方から取り押さえようと迫ってきました。

すると雑貨屋はくるりと向きを変え、囚われの仲間たちのところへ近づくと、両手のハサミで彼らの拘束を次々と解いていきました。

「同胞たち、今こそ逆襲の時カニ! あの軟弱なぐにゃぐにゃ海藻野郎どもに我々の真の恐ろしさを思い知らせてやるのだカニ!」

解き放たれたカニ人たちは、「カニーっ!」
と鬨の声を上げながらワカメ人たちに襲いかかり、その辺にあるものを片っ端から打ち壊していきました。突然の暴動発生に怒り狂ったワカメ人たちは、発端となった雑貨屋の存在などきれいさっぱり忘れ、暴れ回るカニ人たちを鎮圧しにかかります。

ワカメランドは上を下への大騒ぎ。あちらこちらで何かが壊れる音がして、ワカメ人の怒声や、カニ人たちの悲鳴が聞こえてきます。その隙に雑貨屋はさっきの大釜のところまでたどり着き、未だごうごうと燃えている火の中から薪にされていたツリーを引っ張り出しました。しかし残念なことに無事なものはほとんどなく、すでにあらかた炭になってしまっていました。

「そ、そんな……」

雑貨屋はわなわなと肩を震わせていましたが、やがてワッと叫びました。

「どどどどうするカニ⁉︎ これじゃあ注文の量には全然足りないカニィィィ!」

わあわあと喚いていましたが、そのうちにあるアイデアがパッと脳内に閃きました。

「カニ……?」

その瞬間、波が引いていくように周囲の喧騒が彼の意識から遠ざかっていきました。静謐な精神世界の中で、雑貨屋はそのアイデアの実現可能性について熟考に熟考を重ねました。

「……そうカニ、もうこれしか方法がないカニ」

やがて大きく頷くと、ワカメ人の猛攻により再び追い詰められている同胞たちを残して、雑貨屋は一人こっそりとその場から脱け出しました。

──数日後。竜宮城には朝早くから大量の荷物が届けられました。発送元はあのカニ人が経営する雑貨屋。送り先は高級旅館・竜宮城のオトヒメ社長です。

「お、約束どおり届いたか。みんな、悪いがちょっと手を止めてくれ。頼んでおいたオーナメントが届いたぞ」

社長の一声に、周りの従業員たちがわいわい言いながら集まってきました。ほとんどが魚介人でしたが、中には人魚のスタッフも混じっています。彼らは去年オーナメントを実際に見て知っていたので、今年はどんなものが来るか、どんな風に館内を飾りつけようかと、皆ひそかにこの日を楽しみにしていたのです。その中には、カニ人の店にオーナメントを買いに来たあの人魚もいました。しかし、和気藹々とした雰囲気が続いたのも、最初の荷物を開封したスタッフが、梱包用の箱の中を覗き込むまででした。

「し、社長……!」

部下のその一声だけで大体何が起きたのかを察したオトヒメ社長は、はあーと深いため息をつき、眉間を指で押さえながら低い声で呟きました。

「……誰か、新聞屋か広告屋を呼んでくれ」

一方そのころ、あの雑貨屋のカニ人は、竜宮城から遠く離れた場所で一息ついていました。

「……ふう、ここまで来ればもう大丈夫カニかね」

来た道を振り返りながら呟きます。彼は夜逃げを決意したのです。ワカメランドから脱出して自分の店に戻ったあと、彼はその辺にあったものを適当に箱に詰めて竜宮城へ送り出すと、みずからは最低限の荷物だけ持って飛び出してきたのです。もうすぐ故郷であるマリアナ海溝に到着します。そこまで行けばオトヒメ社長といえどもおいそれとは手出しできません。人竜族に喧嘩を売ってしまった以上、店は廃業せざるを得ませんがそれは仕方ありません。命を落とすよりはよっぽどマシです。

「オトヒメ社長には悪いカニが、今回は不可抗力カニ。カニ人のせいじゃないカニ」

しばらく故郷に身を潜めて、ほとぼりが冷めたらまた新しい商売を始めればいい……元雑貨屋のカニ人はそんなことを考えながら歩いていましたが、それはまったくもって甘い考えだったのです。クリスマスの装飾プランを台無しにされたオトヒメ社長の怒りの凄まじさは、彼の想像をはるかに超えていたのです。

「……カニ?」

ふと、視界の端で何かが動いたような気がしました。思わず立ち止まって目を凝らすと、遠くで小さな黒い影のようなものがゆらゆらと動いています。もっとよく見ようと思って身を乗り出そうとした次の瞬間、その影がみるみるうちに大きくなり、聞き覚えのある声がカニ人の鼓膜を震わせました。

「見つけた────ッ!」

カニ人の顔がサッと青ざめました。咄嗟に身体を反転させ、一目散に駆け出そうとしましたが、いかなカニ人の俊足といえども今回ばかりは間に合いませんでした。あっという間に背後に迫ってきていたシュモクザメ人魚の巨大な口が開くと同時に、彼の視界は一瞬にして闇に閉ざされました。そして、ばりばりと噛み砕かれていく意識の中で、彼の聴覚が最後にとらえたのは、自分を咀嚼している人魚が快哉を叫ぶ声でした。

「いぇーい! これで竜宮城の宿泊料、一週間無料!」

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