創作 紙屑が入れば
くしゃくしゃに丸めた紙をゴミ箱に投げ入れようとして、私は思いとどまった。
ただの四角い箱のような狭いワンルーム。散らかった部屋の中で私はデスクチェアに座っていた。机には仕事で必要な書類が置いてある。在宅でする仕事も疲れるものは疲れるし、さっきは上司に嫌味を言われた。
私はストレスに任せて不要な紙をくしゃくしゃに丸め、そして今。ゴミ箱に投げ入れようと振りかぶった腕を一旦下ろしていた。
なんとなく願掛けをする。
この紙屑がうまくゴミ箱に入れば、何かとてつもなく良いことが起こる。
ゴミ箱は机から遠く、投げ入れるのはなかなか難しいと思われた。しかしうまく入れることができれば私は道端で一等の宝くじを拾うかもしれない。バーでたまたま隣り合わせた絶世の美女から口説かれるかもしれない。
もちろん、こんなことに大した意味があるとは思っていない。だが無意味に思えたことが意味を成していくということもある。
たとえば意味もなく散歩ルートを変えたある日、道中で子猫を拾うかもしれない。その子猫が私に懐き、やがて私自身も子猫を心の支えにするかもしれない。支えを得た私は猫を題材とした傑作小説を書き上げ、賞を総なめにする。決してありえないことではないはずだ。
それは宇宙の広がりにも似ている。最初は小さな点でしかなかった宇宙は、ビッグバンによって膨張し今の広大な姿になった。しかしビッグバンが起こる以前、そこにあったのは「無」だ。星もなければ人もいない。そこに意味などなかっただろう。けれどそこから宇宙は生まれ、想像を絶する広さになり、今もなお広がり続けている。
ひょっとしたら、始まりは今の私がやろうとしているような何の意味もないように思えることだったのかもしれない。想像のおよばぬ何かによってビッグバンが起こり、宇宙が生まれる。すなわち、無意味なものが意味のあるものに変わる。どんなに無意味なことに思えても、きっと世界は変わるのだ。
私は慎重に紙屑を投げると、それは美しい放物線を描いて音もなくゴミ箱に入った。
見た瞬間、ぐっと血圧が上がる。そのまま、1分、2分、3分。部屋は依然として静寂に包まれているままだ。
「……そんなわけ、ないよなあ」
その頃、地球よりはるかに高度な科学力をもつカーミー星人たちは、スタジアムにある大型モニターである地球人が紙屑をゴミ箱に入れる様子を見て大歓声をあげていた。こっそり忍ばせたカーミー星の「運命の紙」を見事ゴミ箱に入れることができた星については、侵略を行わない。これが豊かすぎるカーミー星人たちの道楽であり、侵略のルールであった。
これにより地球侵略計画はなくなり、かくして地球の平和は保たれたのであった。
(1102字)
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