ニッターの季節 16歳上の叔母
数少ない趣味の1つに、編み物があります。
手編みの好きなところは、上手に編めなかったとしても、なんとか完成させた暁には愛着が生まれること。そして月並みですが、機械編みにはない、人間の手作業ならではの重厚感や色気や存在感があるところです。
編み物作家の三國万里子さんが好きで、毎年夏が去る頃には「ほぼ日」のサイトを見て、次はどれに挑戦しようかなとニヤニヤしています。
編んでいる最中は目は疲れるし肩も凝るし、途中で失敗に気づいた時には気も遠くなる。なのに「絶対に完成させてこれを纏ってやる〜」って思わせられる、魅力的なデザインなんですよね。
で、完成するとやっぱり嬉しい。着るものや身に付けるものって自分で作れるんだと分かった時は自信にもなりました。
以前三國さんがtwitterか何かで、「手編みの服は、若い人が着ると成熟を感じさせ、大人が着ると若々しさを感じさせる。」というようなことを書かれていて、なるほど本当だなあと思いました。なんででしょう、不思議ですね。
写真の手袋は三國さんのキットを購入して編みました。五本指は初挑戦で、もう2度とやるかと思うくらい大変でしたが、身につけたときの愛おしさったらないので、忘れた頃にまたやると思います。
手袋の下にあるアラン模様のマフラーは、何年も前に「暮しの手帖」の特集にあったものです。毛糸も色番も、まんまコピーして編みました。
真ん中を通る模様「ダイヤモンドケーブル」は、アイルランドの漁師の成功と富と財宝を意味するらしいです。
暮しの手帖って、こういうストーリーも教えてくれるから一見難しそうなものでも聞く耳を持っちゃいます。家事や料理関連の記事も然り。
因みに私の編み物初期設定は子供の頃で、小学校に上がるか上がらないかの頃まで同居していた叔母からでした。
髪はソバージュロングヘア(時代)で、売られた喧嘩は買う的な、おてんばで気の強い22、3歳だった叔母。
車好きで部屋の壁には車のポスターがでかでかと貼られていて、吹奏楽部でパーカッションをやっていたので角には練習用の小さなドラムがあった。
そんな部屋で彼氏(今の叔父)にあげる為のセーターを編んでいる姿を私が横に座ってじっと見ていたシーンがずっと記憶にあって、
あんなに気の強い叔母が、細かい編み図を読み解きながら模様を確実に丁寧に編み上げていく姿がなんとも印象的でした。
叔母の手先の器用さも含めて、編み物ってかっこいいなと思ったのが始めの影響です。
さて、今年も何かしら編む編むしよう。