直感とインスピレーション
人は誰でも
自分の中にガイダンスシステムがあります。
ガイダンスシステムというのは直感や
インスピレーションのことです。
直感をそんなにあてにするなんて
バカバカしいと思うけど
ここぞという時に感じたこととか
理由はないけどそうした方が良い気がするから、で
行動した結果が思う通りになったこと、って
誰しもあると思うんですよね。
特に子供の頃とか。
まだ、親や自分以外の誰かの意図や価値観が
入りきらない頃、記憶は薄れているかも
しれませんが。
虫の知らせ、なんて昔の人は言いました。
胸騒ぎとか、予感とか。
それは、自分のガイダンスシステムをちゃんと
信じることができていたから、とも言えるし
ある程度、自分と他人の違い、
外界と自分の内側との距離感や
インスピレーションが自分にとってどんな役割を持つのかを体で認識していたからかもしれません。
その時に理由なんかなくて後からわかったことも
直感とも言えますし時には自分を守ることもあります。
直感といえば、ADHDの子供は、欠陥扱いをされたり名前をつけられていますが、
自分の中の直感を忘れていないし従っているだけ
とも言えます。
彼らや彼女らは、誰にも理解されなくても、
自分の中の直感に従っているだけです。
じっとしていられない、ではなくて
じっとしていたくない、に素直な反応をしているだけ。
じっとしていなきゃならない環境よりも
動くことで何かの閃きや感覚が自分にとっての
正しさであり、それが自分にとって役立つことや
自分にとっての幸せだということを知っている子たちです。
自分を幸せにするのは直感という感覚。
どんなに計画をしても、考え抜いても
思考には限界があります。
では、すでに大人なわたしたちが
人生の道標でもある直感がわからなくなっている
場合はどうするか。
人間にとって大切で元々あった、感覚は
なくなってしまったのではなくて、
日常の生活の中で少しずつ思い出すこともできます。
起きたい、寝たい、
トイレに行く
声を出したい
外に出たい。
意外と忘れているのが
ご飯を残したいとか。
つい作った人に失礼、とかもったいない、とか。
確かに礼儀作法から見たら良くはないことでしょうけど
(作った側からも残されたら良い気持ちはしないですよね、当然)
だけどそれと同時に
自分の中にある正直な感覚を押し込めていることって実はたくさんあるんですよね。
正直な感覚を押し込めているうちに
自分の直感が働かなくなると
直感なんて信じなくなります。
こんなもの、とか
普通は、とか
常識的に考えて、とか。
誰かに合わせたり
他の人を優先したり
本当はこうしたい、、を無視して
調和させる方を選ぶ。
選択することも、
誰かに聞かないとわからなくなる、と
思い込んでしまうんです。
調和も、それぞれが個として独立した上での
調和ならまた別の新しい調和が生まれるけど予定調和や同調圧力と同じに捉えられることも
ある。
それが日本の思いやりの文化とも
言われますけど、そこに違和感を感じるのは
本当にやりたいことでもないのに
なんとなく合わせることで思いやりっぽく
〜風、に見られたりするから。
便利ですが、そうやって
偽造していると他人は誤魔化せても
自分に嘘をついていることまで忘れてしまうんですよね。
内なるガイダンスシステムって
誰から学ぶかといえば
犬や猫、人間なら小さな子供。
じっと行動を観察していたら分かります。
お読みくださりありがとうございます。