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【572/1096】言葉の通じない交流

今日はDOJO応用クラス。
言葉ではなく、相手の存在を感じながら、意味のない音を相手に届けて相手が受け取ってるかを確認しながら、コミュニケーションする練習をした。

自分と相手を感じ続けながら、言葉を発するというのは、存外難しく、頭で思考した途端に身体から抜けてしまうということが起きる。(すべての人がそうだというわけではなく、そういうことがあるということだけど。)
そうすると、感じるが抜けて、相手がいなくなったり、自分がいなくなったりする。
説明をしようとすると抜けてしまうので、音だけで練習をしばらくした。

これがすごく面白い体験になった。
知り合ってからはもう何年も経つ方と一緒にやったとき、今までで一番交流していて、こみ上げてくる喜びが隠し切れないという感じになった。頭ではかなりおかしいと思ったが、心身は喜んでいるなあと言う感じ。
ああ、これがコミュニケーションだよなーと思って、次に臨んだらば、あっという間に乱れた。
立て直しはあまりうまくいかなかったのだが、帰る道すがら、「否定された」(と思った)あとから、もう戻れなくなったなと気づく。
一度否定されたらもう、そのあとずっと否定されると構えるので、全開しないに舵切ったな。。。つまりは自己保身なのであるが。
実際には否定されているわけではない。ただのフィードバックなのだが、自分がそのように解釈していて、その回路のほうが大きく強い。
ちょっと次はここの分岐点を慎重にやってみよう、などと考えながら電車に揺られて帰る。

でも、意味のない言葉をただ相手に投げかけるだけでも、キャッチボールが成り立つと、なんか理解されたという気持ちになるし、自分の土台が分厚くなるというのが実感できたのはよかった。
外国に行って、言葉が通じない人と交流するときはこんな感じになるらしい。そういえば、まったく言葉が通じないコミュニケーションというのは、赤ちゃん以外にしたことがないなと思った。動物も飼っていないし。
言葉の通じない外国に行くときは、必ず通訳つけていた。そういうのを体験しておけばよかったよなーと思うけど、まあ今体験したからいいか。
そう考えると、やはりものすごい安全圏を作って生きているのだなと思う。その安全圏が欲しくて仕方なくてそうして作って来たのだけど。そういう意味では成功しているからそれを壊したくなかったということか。
安全圏で暮らしていると楽なのだけど、しばらくすると成長がなくてつまらなくなる、と言う。
安全圏はそろそろ出ていく頃合いか。

では、また。

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