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【352/1096】秋ですね

352日目。風の音が聴こえている。明日は秋分の日。


台風が通り過ぎたら、すっかり涼しくなってしまった。
半そでが寒く感じる。
あれ?こんなに急に寒くなるんだっけ?とちょっと不思議な感じ。

秋と言えば、芸術の秋と言ったりするが、そのせいか、本を読んだり、映画を観たりしたくなるなーと思う。

このところ、ずっと「服従」「明け渡す」という防衛反応について関心が高くて、それらしき作品を読んだり観たりしている。(それ以外の娯楽ものも見ているが。)

スタンレー・ミルグラムの「服従の心理」

古典(実のところ、古典というほどではないと思うが、すでに古典扱いされている)の名著。
権威に服従してしまうのはなぜか?というのを、心理実験を通して検証している。
読んでいると、自分も服従してしまうだろうと容易に想像できる。
でも、服従ではなく、自分で考えて選択して行動したいのである。どうしたらそれを実現できるかについてもいくつかヒントも書いてある。

https://eiga.com/movie/18076/

1982年の作品。これ、原題も「Sophie's Choice」なんだなあとなんかもやる。
メリル・ストリープが超絶美しい。女神だって作家志望の青年が崇めてるけど、気持ちはわかる。
何にモヤるかというと、これはソフィーの選択ではないだろうよ、と思うのだ。
酔っぱらって意識がもうろうとしている女性に、性的同意を取ったと主張する人に同意できないのと同じくらい、ソフィーの選択であるということに同意できない。
(この例でわかってくれる人がどのくらいいるかわからないが、自分としてはそんな感じ。)

そして、「私にそんな選択をさせないで」と叫ぶソフィーを見ていると、ちょっと気が狂いそうになる。
私にも二人の子がいて、そのどちらかの死をその場で選べと言われて選べるわけがない。
何をどう考えても「それを選択する」はない。
権威に言わされている。が、しかし、自分の口で言ってしまった言葉は、自分に重くのしかかるだろう。
この映画、権威への服従がものすごく端的に描かれている。

そして、人は簡単に服従する。明け渡してしまう。
そういうとき、個人の道徳心や正義感や倫理観などは、あまり役に立たない。
では何が役に立つか?というと、「相手を人として見ているか?」ということだけだ。
権威に服従した人が、電気のボルトをあげられるのは、相手を人として認識することをうすくする、もしくは認識しないように閉じることで、行動を可能にしている。
相手が自分と同じ人だと認識していたら、その行動はとれない。
1人1人の人として見る、認識するということが服従から逃れるために私たちにできることなんだと思った。

今日のところはこの辺で。
このテーマはたぶんずーっと考え続けていて、マイテーマのひとつなので、またどこかで書こうと思う。

では、またね。






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