ローカルを足せば日本酒はもっとおいしい
台風19号で北陸新幹線が不通になってしまったその前日、
私は出張で小松を訪れていました。
1906年に小松に創業した九谷焼の上絵付けの窯元「錦山窯」が、新たに造り上げたギャラリー「MUTAN」をお披露目してくださるというので、
春からずっと、この日を楽しみにしていたのでした。
一泊二日の予定だった出張は台風の影響で日帰りとなりましたが、
それでも、短い時間にスタッフの方々が詰めてくださった思いの熱さと細やかさは、一週間経った今も、ジィーンと心によみがえります。
職人のプライドと技のすべてを美しい意匠に重ねてゆく、九谷焼。
戦中、金彩は贅沢だとそしりを受けたり、
戦後は米国進駐軍や海外の蒐集家たちに熱狂的に買われたり、
時代の移り変わりで、華やか過ぎると色絵が敬遠されたり、
その逆に、艶(あで)やかな日本独特の色彩やデザインが世界的に見直されたりと、
窯が歩んだ113年の歴史は、長いように見えつつ、実は山あり谷あり。
淡々と自らの道を探りつつ生きる3代目、4代目のお話が印象的でした。
ところでみなさん、日本酒は好きですか?
私は、ワインも好き、ウイスキーも好き、ジンも焼酎も紹興酒も大好きですが、
中でも日本酒はもう、たまらなく好きです。
出逢わなければきっと、あと7キロくらいは痩せていたろうと本気で思っています。
錦山窯訪問の前にもう一箇所、素敵な名所を訪れてきました。
それが、農口尚彦研究所。
「酒造りの神」と称される農口さんは、酒造り歴70年だそうです。
そんな方が醸すニッポンの酒を、
小松の田園風景を見晴らす空間で、錦山窯ほか地元の作家による酒器で、地元で長く愛される酒肴をアテに利き酒体験ができる農口尚彦研究所。
(事前予約すれば誰でも行けます)
地下水を「やわらぎ(和食の席は、チェイサーの水をこう呼ぶんですって)」に用い、
利き酒師のやわらかな口調でご説明をいただきながら楽しむ日本酒はもう、
ふだんの家飲み酒、あれは一体何なんだ?
と思ってしまうくらいです。もはや、“マイ・プライベート神事”。
いえ、家飲み酒だけではありません。
この空間で、ほんの数十分の間に猛烈に感じてしまったあの神々しい印象、あれは何だったんでしょうか。
嵐が近づく気配が強まる中、
金沢発東京行き、最終から2本目という奇跡の北陸新幹線19時台に飛び乗り、
撮った写真を眺めながら、気づきました。
景色だ。
農口尚彦研究所でいただいた日本酒には、小松の田園風景がセットだったのでした。
都会にいて日本酒を楽しむ際、その酒が造られた蔵のことを思います。
が、時にはやはりそこに行き、その地方の長老たちが、
あるいは地域を盛り上げようと頑張っている若い人たちが
どんな表情で何を見ながら、その酒を飲んでいるのかを知ると、
後日の味わいが変わります。
山田錦だとか雄町だとか、山廃仕込みだとかあらばしりだとか、
日本酒にハマり始めると、そういう言葉を覚えるたび、萌えて萌えて大変です。
が、元来、めっちゃカジュアルな嗜好品だった日本酒は、近年、ワインの影響を受けてなのかどうかわかりませんが、確実にアカデミックな方向に向かっているような気もします。
ワインに比べ、同レベルの日本酒の価格は明らかに安すぎると感じますし
アカデミック化→高額化→造り手の方々が真っ当な評価を得る、ということであれば、
日本酒ファンとしては、これは仕方ないのかも?
が、たまには酒の元になった米が、どんな景色を見ながら成長したかにも、想いを馳せたい。
台風前夜、信じられない茜色に染め上げられた空が印象的な小松でした。