あざのあと
何も流れてないイヤホン越しに、テレビで流れているニュースが聞こえてくる。
テレビに背を向け、ベランダの方をぼーっと眺めた。
おばさんから与えられた私の部屋。
狭いベランダには、おばさんの趣味だっただろう花が美しさを失って横たわっている。
ベット1つ、小さな折りたたみテーブル1つ、テレビ1つ。
隅の方に、本棚にも入れられない可哀想な教科書やノートの山。
なんとも無機質の部屋であるが、そんな空間が私を守ってくれる、砦のように思えて、気に入っている。
あの告白を受けてから、私は彼女に嫉妬するようになった。
彼女は私にないものを全て持っている。
あるものは、私が欲しくても手に入らなかったもの、またあるものは、私が今後一生手に入らないもの。
そんな彼女が羨ましい。
彼女になりたい。
けいちゃんになりたい。
彼女の笑顔を見る度にその笑顔を壊したくなる。
そんな衝動にかられて、そんな自分に幻滅して…その繰り返し。
毎日、毎日。
彼女は幸せな時間を過ごしている。
私も幸せになりたい。
そんな彼女を見て、無意識にそう感じるようになった。
季節は桜が散る頃。
思えば、ベランダの床はピンクで染まっているのかもしれない。
でも、それを確認しようとする気力も体力も無かった。
毎日、毎日受験勉強。
中学生3年生の春だから仕方がない。
私はテレビのスイッチをOFFにし、また机に散らかっていた過去問に目を落とした。
私の苦手な英語。
選択問題は適当に、当たればラッキーというスタンス。
その反面、数学なんかは得意で、学校のテストでは満点に近い点数を取ることもしばしばあった。
だからかなり成績は偏っているんだけど、それでも受かればいいや。っていうスタンス。
受験は明日。
不安の重い塊が心にごろごろ。
…
季節は桜が散り終わる頃。
私は高校生になろうとしていた。
第一志望の高校に受かり、おばさんは喜んでくれた。
私も努力が報われたと、喜んだ。
彼女はというと、
私と同じ高校を受験しあっけなく落ちた。
そして、滑り止めの私立高校に入学する。
私の心の中にあった不安の塊がボロボロと崩れていくのがわかった。
高校に受かったのが嬉しかったのか、それとも、彼女が没落したのが嬉しかったのか。
どちらでも同じことだと思った。
さらに、ちょうどその時、母が退院することができ、また2人で暮らせることとなった。
これが私の幸せなんだろう。
高校生になって、また新しい生活が始まったら、友達をたくさんつくって、恋もして、充実した時間を過ごすのだと。
そんな妄想をするたびに、心は踊り、自然と笑みがこぼれた。
あと1週間したらそんな楽園が待っている。
そういえば、最近けいちゃんを見かけなくなった。
あえて見ないようにしていたのもあるが、卒業式後はすぐに彼氏と帰ってしまったし、春休みになってもLINE1つ来ない。
どうしているのだろう。
ふと気になってメッセージを送る。
1時間。
次の日。
5日後。
ピロンッ
けいちゃん:久しぶり。私は元気だよ!そっちは体調とか大丈夫?
もうすぐ高校生だね。お互い楽しもうね!
返信がいつもより遅いこと以外は、いつものけいちゃんのようだった。
すぐに返信し、ぐーっと背伸びをする。
ついに明後日からは高校生。
緊張と不安と期待が互いに交差する。
楽しみだなあ。
遠くでカーテンを締める音がする。
部屋が急に暗くなるのに気づいて、振り向いた。
その瞬間、左頬に衝撃。
バランスを崩して床に倒れ込む。
だんだんと左頬のヒリヒリとした痛みが湧いてくるのが分かる。
その痛みに浸る暇なく、下腹部に鈍い痛みが襲う、続いて顔面を足で踏みつけられ、鼻が折れる音が脳内に響いた。
口いっぱいに血の味。
髪の毛を掴まれ、投げ飛ばされる。
床に肩を強打して、鈍い音をたてて骨が外れた。
とても心地よい。
殴られる度に、彼の口から甘い言葉が囁かれる。
痛みが快感に変わる。
ああ。もっと私を殴って。愛して。