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恋愛成就だってなんだって宇宙にまかせたら叶うんだというお話🕉

完全に恋愛依存症を卒業したのち、マッハのスピードで“妻”になり、“母”になり、おまけにバリ島で餃子屋の“女将”にまでなるという展開は、過去の私には、微塵も想像ができないことでした。

現在、餃子を仕込むのは、女将である私の役割。そんな仕込みの時間は、私にとって大切な学びの時間でもあります。と言っても、恋愛依存症を克服するきっかけとなった精神世界の仕組みについてのYouTubeを聴き流しているだけなのですが。

先日、「もし何かの願いを叶えたいのならば、宇宙に願いを放った後、叶うまでの方法や道筋を頭で考えないことです。なぜなら、宇宙は私たちが想像もしえない方法で、その願いを叶えてくるのだから。」という言葉が耳に入ってきました。

これを聞いた時、いつも苦しい恋愛を選択し、生きづらさまで覚えていたかつての私が、悲願だった幸せな結婚を果たした時の一連の出来事について思い出しました。

確かにあれは、私の脳みそだけでは思いつかないようなスケールで展開したなぁ。なんて、しみじみと当時を振り返りました。

ということで、今回は「素敵なパートナーと結婚して幸せになりたい」という私の願いが叶えられる直前の半年間に起きた出来事について、皆さんにシェアさせていただきたいと思います。




これには、これまでも私のブログに登場している、ちーちゃんが一役も二役もかってくれました。

少し私の過去を振り返りますが、私はバリ島に移住して間もなく、ある男性のことをとても好きになりました。でも、この男性には彼女がいたため、いくらこの男性と恋人まがいのような関係になっても、決して私を本命彼女にはしてくれませんでした。
そんな、モヤモヤや嫉妬メラメラにあえぐ毎日を、かれこれ一年近く続けていました。
そして、私は妊娠・中絶という、最高潮の悲しみと苦しみを経験することになりました。

彼との関係で得られる苦しみをきっかけに、
「もういい加減に、こんな自分を変えたい。」
その一心で、『現実は全て自分が創っている』ことを、本腰を入れて学び始めたのでした。

そして、その数ヶ月後、目には見えない世界を学ぶためにバリ島に来ていたちーちゃんと、運命の出会いを果たしました。

出会って間もなくの五月のある日のこと、ちーちゃんから突然、「ねえ、まゆこさん。まゆこさんと縁のある神様と話してみない?」との提案がありました。「なんか怖いけど、、、面白そう。」私は二つ返事でお願いしたいと答えました。


言い方が正しいか分かりませんが、ちーちゃんに憑依した神様は、私に次のようなメッセージをくださいました。


  『もう時間が無いのは分かっていますね?
  41歳もしくは42歳の年に生まれる子供が、
  あなたを大きく羽ばたかせてくれます。
  そのために、私が最後の一幕を剥がして
  あげます。』



「時間がない???最後の一幕???」それを聞いた私には、さっぱりその意味が分かりませんでした。そして、何のタイムリミットが迫っているのか、最後の一幕とは何なのか、おそるおそる尋ねてみました。


  『それは7月に分かります。
   今は焦らなくてよい。
   幕が何だったのかも、そのうちに
   自分で分かるときが来ます。』


圧倒的に大きく優しいエネルギーを感じながら、そのセッションを終えました。「一体、どういう意味だったのだろうか。」私はポカンとしました。


その後は、神様から授けられた言葉もすっかり忘れて、新しくできた友人ちーちゃんと共に、コロナで静まりかえったバリ島を大いに遊び尽くしました。

私には見えない世界のことも垣間見ることのできる彼女との語らいも、非常に新鮮で興味深く、毎日がとても充実していました。

彼女には、私が馬に乗って走っている姿がずっと見えていたそうで、「まゆこさん、前世は馬に乗って戦ってる女戦士だったんだろうね。」なんて、笑いながら喋っていたのを覚えています。

とは言え、シャーマン修行を目的にバリ島に来ていたちーちゃんは、女師匠の元で修行をするために、電気もガスもトイレもないジャングルに数日間こもることがありました。そこでの話を聞くたびに、そういうことに無縁だった私は、一生訪れることのない場所だと感じていました。

しかし、それとは裏腹に、ちーちゃんには「まゆこさんをジャングルに連れてくる」というインスピレーションが密かに降りてきていたそうなのですが、
私が興味を持つかどうか分からないと考えた彼女は、私にそのことを言わず、そっと心にしまっておいてくれていました。



そんな矢先、ちーちゃんが再度このジャングルを訪れた際のこと。
突然、女師匠の口から「ちあき、今度あなたの友達をここに連れてきなさい」と、告げられたそうなのです。

そして、その後、彼女たちが腰かけていた床の下の石に目をやると、昨日までそこに無かったはずの小さな馬の絵が浮かび上がっていました。

その馬を目にした時、「これは、やはり、まゆこさんをここに連れて来なさいということなのだ。」と確信したと言います。

そのエピソードを知った私は、この呼び掛けに素直に応じるしかないと思いました。

この小さなお馬さんが私を導いてくれました




そして訪れた、人知れないジャングルの奥地。この世であってこの世でないような、人間の言葉では上手く言い表すことのできない雰囲気。
そこで、私もデワアユという女性シャーマンに会ったのでした。

「今回はどのような悩みを抱えて、ここに来たのか?」

そう尋ねられた時、私は戸惑いました。特段、何かを相談したくて来た訳じゃない。ただ誘われたから興味本意で訪れただけなんだけど。
しかし、そう頭をかすめたのも束の間。
この時、私は心の声で言葉を発していました。
「中絶した子供のことが気がかりです。」と。

あれ?こんなこと言うつもりじゃなかったのに。
これに対してデワアユは、「きちんと天界に送り出さないといけない。」と答えました。

そうして、子供の魂を送り出すためのセレモニーを、デワアユに執り行ってもらうことになりました。
儀式を行う日程は、“上”と相談して決めないといけないので、私は日を改めて、再びジャングルを訪れることになったのです。




ちょうどこの時、私の恋愛模様はどうだったかというと、まだ同じ男性とダラダラした関係を続けている状態でした。

私と同じような恋愛依存型の人には分かってもらえると思うのですが、相手から少し期待を持たされるような言葉や態度を感じとると、そこに1000%の期待をかけて待ってしまう。その人に対して重たく執着し続けてしまう。

当時の私は、確かに楽しい毎日を送っていながらも、心の深いところには、この男性に対する期待と執着が、ねっとりとはびこっていました。

だからこそ、本当は、どうしても彼に儀式に同席してほしかった。そうすることで、私に対する誠意を見せて欲しいと思っていました。

それなのに、儀式のことを彼に伝える時も、ちーちゃんに心境を尋ねられた時にも、「一緒に来てくれても来てくれなくても、本人の意思に任せる。私はどちらでも大丈夫。」なんて、強がりを言っていました。

儀式の前日。
彼の口から告げられたのは、「僕は行けない。」という言葉でした。それを聞いた時、不安定な心を支えてくれていた最後の柱を、へし折られたかのような感覚がしました。

そして、この翌日。絶望と懺悔と感謝と、他にも色んな感情が入り交じる中、無事に儀式を終えました。




その後も、私はなに食わぬ顔で、平然と彼と接しました。でも、このことを機に彼に抱いた絶望感は、私がどれだけ思考で隠し通そうとしても、心の奥深いところにしっかりと根を張り、ぬぐい去ることができませんでした。

そして、積年の恨みが爆発するかのように彼と衝突し、完全に関係を終わらせるに至ったのでした。
それだけではなく、この失恋を機に完全に恋愛依存を克服すると意思が固まり、自分の心を内観することで、その原因を発見し、昇華させることができたのでした。

その衝突劇を目の前にしていたひとりの男性。
彼は、悲しみと怒りで泣きじゃくる私を、何の迷いもなく抱きしめに来てくれました。
それまでは、ただの知り合いだったその彼は、その後も私のことを氣にかけてくれ、私たちはごく自然な流れで、穏やかで安心に満ちた間柄へと発展していきました。
この男性が、現在の最愛の夫です。


夫と、恋人としての付き合いがスタートした日の夜、私はふと手帳を開きました。
そして、その日のカレンダーの予定欄に

  『一生の宝物に出会える日』

と書き込んでいたのを発見しました。
いつ、そのようなことを書いたのか、全く覚えがありませんでしたが、それは確かに私の筆跡でした。
そして、過去に書き込んだこの予定が、完璧に遂行されたことに、本当に驚きました。


それから月日が流れ、一年以上たったある日のこと、私はあらためてこの手帳を読み返しました。

すると、あのときの私には理解出来なかった神様の言葉ひとつひとつの意味が、面白いほどに紐解けていきました。

“馬”というキーワードに導かれ、あのジャングルを訪れたのは7月のこと。

それをきっかけに腐れ縁を断ち切り、自分の内側にあった恋愛依存の原因を突き止めることができた瞬間から、私の目の前に広がる世界は様変わりしました。そして、今の夫を人生の伴侶として選ぶ決断ができたのです。

そこにたどり着けるように、私の心の奥深くに隠れていた、恋愛依存という苦しい現実を写し出す“大元”に掛かっていた最後の幕(ベール)を、あの時に剥がしてくださったのだと分かりました。

ちなみに、私の夫の名は、“フェラーリ(本名)”
と言います。
かの有名なフェラーリ車のエンブレムは“跳ね馬”。
やはり、私は“馬”にご縁があるようです。
フェラーリマユコという、芸人のような名前も
氣に入っています。

それから、41歳の誕生日の直後に妊娠が発覚し、42歳になる年に最愛の娘を出産。
きっとこれから、娘は私を大きく羽ばたかせてくれるのでしょう。


ということで、私の思考では想像もしえなかった
スケール感で、宇宙は願いを叶えてくれたのでした
というお話でした。
この世界(宇宙)の仕組みって、本当に面白い。
だからこそ、学びをやめられない。
これからも宇宙の真理を信頼して、安心して流れに身を任せ、軽やかに人生を歩んでいきたいなあと
思います。

それでは、お読みくださり、ありがとうございました。
今回のブログに関連する過去のブログを添付します。
ご興味あれば、こちらもお目通しください。



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