Chapter 1: なぜファッションに循環が必要なのか

この記事は日欧産業協力センターに提出した英語版レポートを筆者の独断で日本語訳したものをご紹介しています。メインはこちら


1.1  サーキュラーエコノミーとは

1.1.1 サーキュラーエコノミーとは

サーキュラーエコノミーとは循環型経済(以降CEとする)と訳され、生物多様性の損失、気候危機、天然資源の枯渇等の社会課題に取り組むビジネスモデルをさします。最も大事にすべき考え方は、商品自体を生み出し続けるのではなく、いまあるリソースを有効活用しながら多くの価値を得ることです。デザイン、デジタルソリューション、所有しないサービスなどの消費活動を通じて、できるだけ長く経済内にその価値を留めておくことを指します。そして、新しく生み出されたものは、資源消費を最小化させ、できるかぎりの廃棄物の発生抑止等を目指します。現在の「Take(資源を採掘して)」「Make(作って)」「Waste(捨てる)」のリニア(直線)型経済に変わる新たなシステムと言われています。

企業にとっては、より少ない資源でより多くの価値を生み出すための新しいビジネスの方法で、地球にとって持続可能な選択であると同時に、変化する顧客のニーズを満たし、コスト削減につながり、リスクを最小限に抑えることができる機会となるでしょう。2022年12月に発行されたフィンランドの研究所SitraのレポートによるとCEによってもたらされるEU市場への経済効果の可能性を以下と見積もられています。[1]

- 2030年までに、3兆7000億ユーロの付加価値
- 2030年までに、70万人の新規雇用の創出
- 製品ライフサイクル価値の75%向上
- 事業収益7倍

1.1.2 サーキュラーエコノミーが重要とされる社会的背景

CEの重要性を語るにはカーボンニュートラル(CN)の説明が必要です。EUなどを中心に強力に推し進められているのがCE戦略ですが、これはCNへの道を合意した2015年のパリ協定、そして2050年までのCNを表明し、数値に落とし込んだ2021年のグラスゴーCOP26での欧州の戦略が関係しています。CN実現にむけて各国は、状況にあわせた段階的な目標をセットし、再生可能エネルギーの導入やあらゆる動力の電力化加速など大きな社会変革や産業構造の転換を必要とします。欧州で打ち出された戦略ではCNはエネルギー転換を進めるだけでは完全ではなく、リサイクルやリユースの促進により資源効率性を高め、経済成長と環境保全のデカップリング(*)を実現することこそがCN達成への道だと示しています。そして、その施策である欧州グリーンディールの一環としてCE戦略を位置付けています。エレンマッカーサー財団のレポートでは、CE戦略が5つの主要セクター(鉄鋼、アルミニウム、セメント、プラスチック、食品)で採用された場合、年間の温室効果ガス排出量は2050 年に 93 億トンの CO2を削減すると予測し、2050年のCN目標値の45%に相当すると試算します。[2] グローバルで合意されたCNの目標達成にむけて、特に欧州はCEを実行することは必要不可欠なのです[3]。

*デカップリング
国連では、地球上の資源が有限であるからこそ、資源効率を高め、経済活動と環境影響の加速、経済活動と資源不足の深刻化をできる限り切り離した上で、人間の幸福と経済活動を向上させる必要があると提唱しており、これをデカップリングと呼びます。

PICTURE 3: Percentage reduction in CO2 emissions due to the CE

PICTURE 4:Decoupling

 

1.1.3 実現のポイント

サーキュラーエコノミー三つの指針

CEへの転換を後押しする目的で 2010 年に設立されたイギリスの民間非営利団体であるエレン・マッカーサー財団はCEを実現するための3つの指針を提示しています。

1. 廃棄物や公害を出さない設計(Eliminate waste and pollution)
2. 製品・素材を長く使う(Circulate products and materials (at their highest value)
3. 自然界のシステムを再生する(Regenerate nature)

同財団が掲げるバタフライ・ダイアグラムは、「Cradle to Cradle(ゆりかごからゆりかごまで)」(2002年Michael Braungart,William McDonough)の概念を原型とする経済モデルで、生物学的サイクルと技術的サイクルの2種類あり、技術サイクルは、再利用、修理、再製造、リサイクルによって、製品、部品、材料を回収・復元するものです。一方、生物学的サイクルは、嫌気性消化や堆肥化などのプロセスを通じて、生物学的物質(食品、綿、木材など)を地中システムに戻し、生態系を再生し、結果、再生可能な資源を提供する循環をいいます。重要な点は、生物循環と産業循環を混合せず別々のサイクルとして循環を設計する点、そして小さいサイクルから回すことです。なによりも、新たなイノベーションを起こすのではなく、自然界が導く原理として古来より培われてきたシステムを再構築することが鍵になります。

 REGENERATIVE LIFE MODELSの考え方

ここで、原則の三つ目にある、Regenerativeとは、地球環境を再生しながら、生態系全体を繁栄させていく考え方を指します。サステナビリティの概念は、地球に対するネガティブな影響を減らすことが行動の中心でありニュートラルに戻すこと“Less bad”(マイナスをゼロにする)を指します。一方で、再生とは、人間と自然が切り離されず循環の中で生命体全体を成長させること“More good(プラスを生み出す)”を指します。ここには、地球システムの一端に組み込まれた人間が地球とともに繁栄していくことも含まれています。(FIGURE 5)

 PICTURE 5: Trajectory of Environmentally Responsible Design

 CEの概念は、従来の線形経済モデルやそれが地球のエコシステムに与える影響や資源投入の効率化を図り、経済性を担保する有力な代替案ですが、それは、いわゆる“Less bad”(マイナスをゼロにする)な行為でしかなく、社会的あるいは人間的な側面に関する議論がされていない人と自然が切り離された状態でのモデルのため、アプローチに限界があると、近年は言われています。

そこで、注目されているRegenerativeのアプローチは、人間が経済やサービスの利用者ではなく、多様な価値観を持ち、新しい信念体系を持った生態系の一部として循環システムに組み込み、システムの改革を行うことをいいます。自然との相互の繋がりを感じながら、人間が地球とともに繁栄していくことをゴールに置いており、Circular Humansphereという概念でも語られています。(FIGURE 6) 

PICTURE 6: Interaction of Circular Economy & Regenerative Life Model 

成長の限界で有名なDonella Meadowsが提唱するシステムダイナミクスの考え方もCEの概念を捉える助けになります。システムの大きな変革においては、一つが部分最適化するだけではすぐに元に戻り、想定しない影響に波及する可能性があります。循環内にとどまるストックと出入りするフローのバランスが崩れるとさまざまな働きによって、ストックを望ましい状態に保とうと、元に戻ろうとするレジリエンスや、より強まる自己組織化などの力が働きます。資源の再生スピードに合わせた搾取であれば安定した形になりますが、技術の効率などで行きすぎた搾取ではダイナミクスが大きく変動することになります。つまり細部ばかりを見ていると、見誤ることになります。

システム全体を把握し、各サブシステムの要素や関係性、目的などが理解され、考慮され、どの構造がどのような潜在的な挙動を含んでいるか、長い間をかけたシステムの動きをしり、どの条件がそれらの挙動を潜在化されるかということを認識する必要があります。そしてそれらを当事者が対話し、新しいより大きな目的に合意することで、CE施策が成功するのです。
デジタル技術は、データの取得、管理を進め、高速フィードバックの循環を回すことが可能となるため、循環型経済への移行を推進する重要な要素となります。 

1.2 ファッション&テキスタイル業界のサーキュラーエコノミー

これまで各国は、様々なサーキュラーエコノミーのロードマップや目標を掲げてきましたが、繊維に関してはほとんど言及されてきていません。それは、循環型にシフトするにあたり、建築や食、自動車産業など他業界と比べると投資対効果が低いと見積もられていたからです。しかしながら、欧州委員会は2020年の「循環経済行動計画」内にて繊維・アパレル業界を資源消費量・炭素排出量が多く、リサイクル性も低いため、循環型経済への転換が必要な業界の一つに位置付けました。「欧州繊維略 (EU Strategy for Textiles)」を策定し、現在、公聴会やタスクフォースにおいて、施策の具体化が進められています[4]。

繊維業界のCEを考える際に押さえておくべきなのは、製造のフェーズが、最も高い資源負荷をかけ、多量のエネルギーを投入し、かつ、労働集約度が高いという点です。つまり、採取、製造工程での高い環境負荷にも関わらず再資源化の経済合理性がなく放置されてきた領域なのです。衣料品は技術サイクルをどれだけ永久的に回せるかが鍵となります。素材の堆肥化など生物的循環機能をもたせる取り組みもありますが、それは製造時点でかけた多大なるリソースを捨てることにつながり、多くの価値が失われることになります。さらには、衣類自体が土壌を強化するような栄養素をほとんど含んでいないため、地球の再生に繋がりません。つまり、コンポスト<<<リサイクル<リユース<リペア、リメイクという順序であり、できるだけ長く製品を使い続けることが優先されるというのが大きな特徴です。 

1.3 日本のファッション&繊維業界がCE戦略を採用すべき理由

それでは、なぜ日本のファッション&繊維産業がサーキュラーエコノミーへの転換をする必要があるのでしょうか。世界各国のCEの戦略をみると、採用理由は国によって違いがあります。高所得経済圏、特にEU諸国におけるCE政策は既存の廃棄物管理や製造プロセスにおける原材料回収など、廃棄物管理の改善とそこから生まれるビジネス化がメインです。一方で、GDPが低い国ではCEを基本的な廃棄物整備として捉え政策を捉推しています。EUにとって、CEとは、より持続可能で資源依存度の低い経済を構築し、原材料の輸入への依存度を 大幅に減らすことが期待されています。しかし、それにより供給側のグローバルサウスとの関係性や発展に大きな影響を及ぼす可能性があります。自国やEU諸国だけでなく、グローバルサウスを含む途上国を支援しながら、各国が持続可能な目標を達成し、世界全体がカーボンポジティブな方向に向かっていくことが期待されています。CEは環境負荷をかけずに経済成長をとげ、幸せにむかうための新しい経済を構築するという、産業構造の大きな転換だと考えられています。CEのようなグローバルアジェンダを"善意"だけでなく"機会"と捉えている欧州は、ロビイング活動含めて含めルール作りに積極的です。各国のCE採用の理由を参考にしながら、日本に関して適応すべき理由を以下4点にまとめました。

●      資源制約のリスク回避と経済発展の可能性

【状況】

日本は、原料およびエネルギー資源を、中国を中心とした資源国に依存しています。そして、ウクライナ戦争やCOVID−19により世界的な資源需要バランスの変化が生じ、経済的な脆弱性が高まっているいま、国内の資源循環を高め、輸入を減らしていくことは必須です。 

【理由】

より効率的な生産技術の採用、回収・再資源化技術の開発等によって資源循環を達成することは、国際市場の依存から脱却し、新興国との競争力が高まります。同時に、日本特有の地方に根ざした循環の知識や技術がビジネス化され、海外に輸出されると、地方における雇用の促進や地方創生にもつながると同時に、世界の持続可能な開発の促進や市場の拡大にもなるでしょう。[5]

 

●      国内外の環境問題の深刻化とESG投資の拡大

【状況】

ファッション業界は、世界で第2位の環境汚染産業であり、繊維製品の生産と消費は、環境に大きな影響を与えています。生産段階における環境影響は、天然繊維の栽培と生産においては、土地と水の使用、肥料と農薬が負荷を与えており、合成繊維の生産においては、エネルギーの使用、化学原料などを使うことで環境への影響が多くあります。製品の製造には 、エネルギーと水を必要とし、多種多様な化学物質(染料や仕上げ剤など)を使用が負荷となっています。例えば、国連貿易開発会議(UNCTAD)によると、ジーンズ1本を作るのに必要な水の量は平均約7,500リットルで、一人あたりの年間飲料水の7年分に相当します。ファッション業界で消費される資源は、毎年、930億立方メートルになり、500万人のニーズを満たすのに必要な水を使用していることになります。[6]

流通と小売においては、輸送時のCO2排出と包装廃棄物の多量使用によりエネルギーや資源を搾取しています。また、売れ残った繊維製品は、かなりの量が廃棄物として処理されます。加えて、洗濯、乾燥、アイロンがけなどの使用とメンテナンスの際には 、電気、水、洗剤が使われ、化学物質やマイクロファイバーが排水に出されます。使用後の 繊維製品は、回収・分別され、再利用、リサイクル、焼却のいずれかの方法で処理されます。 その際にも多量のエネルギーを使い、GHGを排出しているのです。

 

【理由】

上記のような環境負荷から、投資家を含めた社会からの環境配慮要請は高まりを見せています。例えば、エレン・マッカーサー財団は、世界経済フォーラム団体やグローバル企業と共同で循環ビジネスイニシアティブを立ち上げるなど世界的なネットワークを設立し、国連環境計画とともに循環経済にむけて加速しています。加えて、ESG投資も拡大を見せています。GSIAの調査によれば、世界のESG投資の投資残高は2016年の22兆8390億ドルから2020年には35兆3010億ドルに増加になり、今後、ますますの増加が予想されます。2023年1月にEUより発表されたグリーンディール産業計画は、Climate Tech産業の競争力を上げることでサーキュラービジネスの投資を一気に拡大する方針です。日本のESG投資の額は海外比では少ないものの、環境対策や情報開示を行なっていかなくては、企業の資金調達や生き残りは難しくなるでしょう。[7]

 

PICTURE 7: Environmental impact of textile products during their life cycle

●      人権問題の高まり

【状況】

ファッション産業の倫理的問題は、近年は顕在化してきています。1990 年代には一部企業の間で労働問題が表面化し、2013 年に起きたバングラデシュのラナ・プラザ崩落事故では、縫製工場で劣悪な労働環境において低賃金で働いていた人々が多くの犠牲となりました。また、2021年には、中国・新疆ウイグル自治区において、EUやアメリカが相次いで、当該区域の労働者が雇用されている可能性のある工場と取引する企業に対して、制裁を加える事象がおきました。日本でもファーストリテーリングや無印良品などが対象にあがり、グローバル企業にとってサプライチェーン上のすべての取引において強制労働や児童労働などの人権侵害の状況を把握し、監査を継続していく必要性がうまれました。

【理由】

2023年2月にUNDPの危機管理局長岡井朝子氏は繊維産業を含む日本企業にむけて「国際的な倫理基準に遅れをとることは、グローバル市場で事業を進めるのにリスクとなる。自社のサプライチェーンにおいて、より多く人権配慮の仕組みを行う必要がある」と伝えられました。各国が改善にむけて法整備などを早急に進めているなか、日本においても2022年 9 月に、政府より企業に対して人権方針の策定とデューデリジェンス、必要であれば救済措置を行う旨の方向性を示す「責任あるサプライチェーンにおける人権の尊重に関するガイドライン」を発表しましたが、具体的施策は検討段階にあります。サプライチェーン全体の透明性を高め管理を徹底することが国際社会で対等なビジネスを行う上での前提条件となります。

 

●      デジタル技術の発展 

【状況】

CE導入において欠かせないのがデジタル化技術の開発と普及の重要性です。デジタル技術は、バリューチェーンにかかる環境負荷や労働力を管理・監視することで、より効率的な処理と利用を可能にし、コスト削減の可能性や生産性向上が期待されます。

【理由】

データが蓄積することで、単にモノを売るビジネスモデルにとどまらず、モノを通じてサービスを提供するビジネスモデルが広がる可能性も含んでいます。さらには、そうしたデータは地域や社会の存続・発展へ新しい経済インフラ構築にも活用でき、社会全体の持続的成長へ寄与するのです。


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[1]https://www.sitra.fi/app/uploads/2022/12/sitra_sustainable_growth_with_circular_economy_business_models.pdf

[2]https://ellenmacarthurfoundation.org/completing-the-picture

[3] https://wedocs.unep.org/handle/20.500.11822/9816;jsessionid=480347D0C53F4341CAAAF5795FE1AEFA

[4] https://environment.ec.europa.eu/strategy/circular-economy-action-plan_en

[5] https://www.jpmac.or.jp/img/relation/pdf/2021pdf-full.pdf

[6] https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/32952/

[7] https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/IP_23_510

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