小説『ジャムパン同盟』
******
「ねえママってば聞いてよ」
とスズが言うと、
「ほんと、あの子たちってばね」
とランが言い、
「ああイヤんなっちゃう!」
と今度はふたり、声をそろえて言って、目を見合わせている。
「ちょっとちょっと、なんなのよ。ふたりとも」
長方形テーブルの短い辺のところ、つまりはお誕生日席に座るママは、両側に座るスズとランの顔を交互に見やってそう尋ねるけれども、スズとランは依然鼻息荒いまま、
「だって信じられないのよ。あの子たちってば」
「ジャムパンといえばいちごのジャムだろ、なんて決めつけちゃって」
「あんずジャムの入ったジャムパンを知らないなんて」
「世も末だわね」
と、ふたりであきれたように肩をすくませるから、ママは可笑しくてつい笑ってしまう。
「世も末だなんてそんな言葉、一体どこで覚えてきたの?」
そんなママの問いかけに答えることなくスズとランはかわいいお目目をきりりと三角形にして、「あのねママ、わたしたちは大真面目なのよ」と声を合わせていうものだから、ママはまた怒られることは分かっているけれども、その愛らしさに耐えきれず、思わず声をあげて笑ってしまう。
「もう、ママってば!!」
一卵性双生児であるスズとランは、生れたときから顔も体つきもそっくりで、小学校一年生になった今でも見た目はそっくりなのだが、成長するにしたがって、その性格や好みについてはそれぞれはっきりした違いを確認できるようになった。
たとえば姉のスズは、物怖じしない気の強い性格で、色も赤や黄色といった原色系が好みで装いはいつでもボーイッシュ、そして競争心が強い。一方、妹のランは、ほんわかした優しい性格で、色も淡いピンクや若草色といった淡色系が好みで装いはいつでもガーリイ、そして平和主義。つまり、双子といえども性質は当然まったく異なるわけで、けれどもあんずジャムの入ったジャムパンに対する情熱に関してだけはひどく一致するところがあるようで、どうもこのジャムパンの話題になると、ふたりして熱くなってしまうところがあるのだった。ママはでも、どうしてこんなにもふたりがこのジャムパンに夢中になるのかが分からず、今もふたりの熱弁を前にお手上げ状態なのである。
「ママにはきっと、わたしたちの気持ちなんて分からないのね」
そんな胸のうちを見透かしたようにスズが言う。
「そうよ。きっとママには分からないんだわ。いちごジャムの入ったジャムパンしか知らなような子たちにバカにされたわたしたちの気持ちなんて」
ランも続けて言って、あきれたように肩をすくめてみせる。
「ちょっとちょっと、待ってちょうだいよ。あの子たちって、一体、誰のことなのよ?」
訊くとふたりはまた目を見合わせてから、
「北斗七星」
と声を合わせる。よくもまあ、こんなにも上手に同時に答えられるものだなあとママは感心しながらも、「ん?北斗七星?」と首をひねる。
「やましなほくと、と、やましなしちせい、だよ」
ランが補足してくれる。
ああ、なるほど。同じ学年にいる山科北斗くんと山科七星くんのことか、とママは理解する。彼らもスズとランと同じ一卵性双生児で、ふたりとも愛嬌のある真ん丸いお顔がそっくりだった。たしか北斗くんがランと同じクラスで、七星くんがスズと同じクラスだったような、いや、逆だったかな。
「…なんだか変な名前だよね、あの子たちって」
スズが声を潜めるようにして言う。
「そうそう、北斗七星なんてさ、親の趣味もいいところ。親の押し付けなんて、ホントいやよね」
ランも鼻に皺を寄せて言っている。
ランいわく、宇宙研究のお仕事をしている彼らのお父さんは北斗七星が大好きな星座で、そこから名前を半分こずつもらって彼らに名付けたのだという。それを聞いて、ママは思わずシュンとする。
「じゃあ、スズとランも、自分たちの名前がイヤなのかしら。鈴蘭はだって、ママの大好きなお花の名前だもの」
そんなママの弱気な発言にふたりは大きなお目目をさらに大きくさせて、
「あのねママ、わたしたちがイヤなわけないでしょ。わたしたちは自分たちの名前をすごおく気に入っているもの。だって、鈴蘭のお花は見た目もかわいいし、それに花言葉だって―」
「純粋。幸せが訪れる。だもんね」
スズの言葉に続いてランもそう言ってくれたので、「あらよかった」とママは安心して微笑み、
「じゃあ、北斗くんと七星くんは、自分たちの名前をどう思っているのかしら?」
そう尋ねると、スズとランはしばし沈黙し、
「…そうね、あの子たちも自分たちの名前を気に入っているわね」
「じゃあ、問題ないかっ」
と口々にあっさりそう言って、ようやく「いただきます!」と目の前に用意されてあるジャムパンにとりかかる。
やれやれ、やっとふたりのお口がジャムパンに集中してくれたか、と思うのもつかのま、
「やっぱりこれよね、ジャムパンは!」
「おいしいよね。甘酸っぱいあんずのジャム!」
と、いつも食べているというのに、今日は北斗七星の一件があったせいか、ふたりしてやけに大声で感動をアピールしたがる。
「だからやっぱり、あの子たちはダメなのよね!『お前らが食べてるのって、本当にジャムパンか?間違えてるんじゃないの?』なんてさ!」
「そうそう!『ジャムパン?ははん?中身はいちごのジャムに決まってるだろ。あんずのジャムだって?知らないもん』だって!」
「もうバカにしちゃってさ。だってママ。ジャムパンのはじまりって、いちごじゃなくって、あんずジャムの入ったこのジャムパンの方なんでしょ?」
ふたりに急にまっすぐに見つめられ、「そうよ、あんずのジャムの入ったこのジャムパンがジャムパンの元祖なのよ」
とママはうなずきながらも、思わず食べていたあんぱんをごくりと飲みこんでしまう。
「ほらねえ、やっぱり。分かっていないのはあっち」
スズが得意気に言い、
「歴史を知らないのって、かわいそうなことね」
ランもあわれんだ声で言う。
「でもでも、いちごのジャムパンだっておいしいのよ」
ママがつい口をはさむと、スズとランはまた丸いお目目をきりりと光らせ、
「あのね、ママ。言っておくけど、わたしたちはべつに、いちごジャムの入ったジャムパンのことを嫌いって言っているわけじゃないのよ」
「そうよ。こっちをマルにすることは、あっちをバツにすることじゃないんだから」
そうお説教されて、ママはそのごもっともな意見に半分感心しながらも、半分は小さくため息をついてしまう。どうもこう理屈っぽいというのか、口がよくまわるのは、自分ではなくて夫に似てしまったようだ。日頃、ランに関してはおっとりしているので自分に似ているのかな、と思うけれども、ジャムパンのことになるととたんに饒舌になるものだから、ママはつい閉口してしまう。
「そりゃ、いちごのジャムパンだって、べつに悪くないわよね」とスズ。
「あんずジャム入りのジャムパンが最高に好きだけど、いちごのジャムパンだっておいしいもの」とラン。
「だったら今度、北斗くんと七星くんをうちに呼んで、ジャムパンパーティーなんて開いてみるのはどうかな?そこでふたりにも、あんずのジャムパンのことを知ってもらうの」
ママはふいに思い浮かんだ自分のアイディアがとても素晴らしいことのように思えて弾んだ声で提案してみた。すると、
「ジャムパンパーティー…」
「あの子たちをうちに呼ぶ…」
ママの予想に反してスズとランはジャムパンを持つ手を休め、眉間にきゅっと小さな皺を寄せてしまうから慌ててママは、
「べつにイヤならいいのよ。たのしいかなあって、ママが勝手に思っただけだから」
そう言うと、
「うん、悪くないわね」とスズがうなずき、
「じゃあ、あの子たちにはいちごのジャムパンを持ってきてもらおう。だってあの子たち、いちごのジャムパンがどうしようもなく大好きみたいだから」とランも言って、どうやらふたりともママのアイディアに賛成してくれたようだ。
「よかった。じゃあ、明日学校に行ったら、北斗くんと七星くんにもパーティーのこと聞いておいてね」
わあ、たのしみねえ、みんなでジャムパンパーティーなんて!とママが嬉しそうに言っている姿を、スズとランがそろって冷静な目でじーっと見つめている。
「…なんだかママって、子供みたい」
「…それにママってば、ジャムパンパーティーとか言ってるくせに、自分はあんぱんばっかり食べてるし」
ママはぎくりとする。そう!ママはあんぱんが大好物なのだ。たまたまいつも買うあんぱん売り場で目に入ったジャムパンをおまけとしてスズとランに買って帰ったら、それ以来、ふたりはあんぱんそっちのけでジャムパンの虜になってしまったのである。だから、スズとランがジャムパンにとりつかれてしまったのは無論、ママにも大いに責任があるのだ。
「ママはね、あんぱんが好きだけど、ジャムパンも好きなのよ」
ママは正当性を主張するように堂々とふたりに言ってやる。するとスズとランは驚いたように目を見合わせたあと、鼻から息をふうっと漏らし、
「まあ、いいけどね。わたしたちだって、まあ、あんぱんも好きだから」
と、なぜだか譲歩されたような態度をとられてしまう。
「ねえ、それよりもさ」とスズが目を輝かす。
「北斗七星がうちに来たら、あんずのジャムパンのおいしさを教えてあげて、もっとこのジャムパンをクラスのみんなにも広めていこうよ!」
「そうだね!他にもいちごのジャムパンしか知らない子たちがいたら、あんずのジャムパンのことを教えてあげよう。だからそうだ!まずは北斗七星からやっつけていこう!」
とランも応じる。こらこら、やっつけるなんていわないの、とママはたしなめながらも、「でもだったら、あなたたちも北斗くんたちからいちごのジャムパンの魅力を教わって、一緒に広報活動しなくちゃだめよ」と言いつける。
「広報?」とランが首をひねり、「人気を広めることよ」とママが人差し指をたてる。
「だったらさ、ドウメイ結ぼうよ!」
スズが言う。
「そうだ!そうだ!ジャムパンドウメイ!」
ランも言う。
「同盟!?」
とママはふたりの口から飛び出してきた想定外の言葉にまたしてもびっくりしてしまう。
「ねえ、同盟なんてそんな言葉、一体どこで覚えてきたの?」
そんなママの問いかけに答えることなく、「ねえママ。ドウメイって、どう結ぶの?」とランに訊かれ、「ええっと…」と口ごもってしまうママにあきらめたように「いいよ、パパが帰ってきたらパパに訊こう」とスズが言う。
「ねえ、はやくはやく、あっちでジャムパンのコウホウつくろうよ!」
「そうだそうだ!コウホウコウホウ!」とふたりが騒ぎ始め、ママはやれやれと肩をすくめてしまう。どうしてこうもふたりは、あんずジャムの入ったジャムパンのことになると、我を忘れて夢中なってしまうのやら。
「じゃあ、ママ。コウホウとして、スズのジャムパンの残りを分けてあげるね」
「ランのも分けてあげる!」
「あらいいの?どうもありがとうね」
言うと、どういたしましてー!とふたり同時に元気よく返事をするなり、手をつなぎあって、駆け足で自分たちの部屋へと向かってしまう。北斗くんと七星くんの参加の返事も待たずに勝手に事を進めてもいいのかしら、とふいに思うけれども、まあ大丈夫かな、とママは思う。だって、彼らもジャムの種類は違っていても、ジャムパンにはとても夢中みたいだから。
「これ使う?」「ちがうよ、あの色鉛筆!」「じゃあこの画用紙」「このまえ買ったシールも使おう!」
一体なにが始まるのか分からないけれども、がちゃがちゃと道具箱をひっくり返す音と一緒にふたりのたのしそうなやりとりが聞こえてくる。
ひとり残されたママはふうっと椅子の背もたれに背をあずけ、スズとランからお裾分けしてもらったジャムパンのかけらを手に取って眺めた。とろんとしたジャムが今にもこぼれ落ちそう。すごくきれいな色だなあ、とママは思う。これは一体なんという色だろうか。オレンジ色?だいだい色?柿色?、―いや、ちがうちがう、とママは笑う。そう、これはまぎれもなくあんず色なのだと思い、ママはひとりくすくすと笑った。
(了)
******
銀座木村家のジャムパンとあんぱんについてのエッセイはこちらから♪
お読みいただきありがとうございます。