
創作怪談 『部屋の匂い』
バニラの入ったお菓子だとか、果物の熟したような匂いがする。
最初はほんの少し、ほんのりといい匂いが漂っていて、ルームフレグランスか、使っていた香水の残り香かと思っていた。
一人暮らしをしている、ワンルームのマンション、
いつからか、仕事が思って部屋に帰ってくると、そんな、甘い匂いが漂ってきた。
友人に貰って置いてあるルームフレグランスに鼻を近づけ嗅いでみるが、この香りは柑橘系の香りで、ほのかに香る匂いとは似ても似つかない。
普段使っている香水とも違うようだ。この香りは一体、なんなのだろうか、不思議に思っていた。
日がたつ事に、匂いが強くなっている気がする。
匂いの発生源が分からず、何となく不安を感じる。
誰かが自分の部屋に入り込んでいるのだろうか?
部屋を出る前に、しっかりと戸締りをするようにした。
しかし相変わらず、毎日のように甘ったるい匂いが部屋中に漂っている。
窓を開けて換気をすると匂いは無くなるのだが、部屋に帰ってくると必ずその匂いがしてくる。
空気清浄機をつけてみたものの、相変わらず部屋に帰ってくると、甘ったるい匂いが鼻につく。
日毎に強くなっているというのは気のせいではなかったようで、強すぎる匂いのせいで、頭が痛くなって、吐き気までしてくる。
食欲もなく、最近はゼリーのようなものしか食べていない。
ある日、仕事から疲れて帰ってくると、いつもより強烈な甘い匂いが、部屋中に充満している。
お菓子のような、バニラのような香りと果物が腐ったような、そんな香りだ。
何故かゾワッと鳥肌が立つ。
急いで窓を開けると、多少香りが和らいだ。
その日の夜中に、ふと目を覚ますと、息が詰まるほどの強い香りが鼻を刺激した。
鼻をつまみ、寝る前に閉めた窓を開ける。
玄関を確認しても、誰かが侵入したような痕跡もない。
明らかにおかしい、一体なんなのだろうか。
寝れなくなって、テレビをつけて、そのまま夜を明かした。
寝不足で仕事へ行き、帰路に着くのだが、帰りたくない。
またあの香りがするのかと思うと、気分が沈む。
友人宅に泊めてもらおうかとも考えたのだが、なんと説明すればいいのか、分からない。
帰宅すれば、やはり息が詰まるほど強い、甘い匂いが部屋中に漂っていた。
いつものように、鼻を押さえながら急いで窓を開け放った。
だが、何故かこの日は、開けた窓から風が入ってくるにもかかわらず、甘い匂いは消えなかった。
匂いが部屋全体にこびりついているかのようだった。
匂いのせいで頭がクラクラする。
匂いのせいだろうか、寝不足から来る疲れや、栄養不足による貧血だったのかもしれない。
ふっ……と視界がブラックアウトする。
目を覚ました時、あの甘ったるい匂いは無くなっていた。
結局、あの香りが何だったのかは分からないし、原因も分からない。
未だにあの匂いは忘れられず、時々、ふわっとあの香りが漂って来るような、鼻の奥にその匂いが残っているような、そんな気がする。