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創作怪談 『影』

  日々のルーティンに追われる会社員として、特に変わり映えのしない毎日の生活を送っていた。
そんなある日、通勤途中に妙な光景が目に付いた。人混みの中、一人のスーツを着た男性が歩いていたのだが、どこにも彼の影が見当たらなかったのだ。
最初は単なる見間違いだろう。そう思ったのだが、次の日、一人の大学生だろうか、若い女性の影が見当たらない。
またその次の日も、通勤途中で影のない人々を見かけるようになった。

たまたま、影のできない場所にいたのだろうと、そう結論づけていたのだが、一人、二人と影のない人々を見かけることが増えた。
街中や、近所のスーパー、会社等で見かける度に、徐々に不安が心を蝕んでいった。
周囲を観察すればするほど、影のない人々は増えているように思えてならない。
彼らはごく普通に通勤し、買い物をし、まるで自分たちが影を持たないことなど、気がついていないか、もしくは気にしてはいない様子だった。
影なんて気にも止めない、それは至極普通のことのはずだ、今まで影なんて気にした事がなかった。しかし、その様子は普通のはずなのに、なんだか、不気味に感じた。

数日後、影のない人々を見るようになってから1ヶ月程経った頃だっただろうか。
電柱の影と並んで自分の影が落ちたアスファルトを見て気がついた。
ふと自分の影が薄れていることに気がついた。
影を気にするようになって、自分の影の様子も観察していたのだが、影はいつの間にか薄くなっていた。
毎日観察していたことで、逆に分からなくなっていたらしい。

昼間の強い日差しの下でも、影はかすかにしか映らなくなっていた。
ゾッと鳥肌が立った。
家に帰っても影は変わらず、薄いままだ。
懐中電灯で手を照らしてみるが、手の影は薄い灰色のような色だ。
  次第に自分も「影のない人」になってしまうのではないかという恐怖と「影のない人」は普通に生活しているから、特に気にする必要も無いという、自分の恐怖を抑えつけようするような気持ちがごちゃごちゃになっている。

ある晩、ふと目を覚ますと、部屋の中に数人、人が立っているのに気づいた。
彼らの表情は分からなかったが、無言で見つめてきて、その視線にゾクリと背筋が凍る。
何かを訴えかけるかのようにじっと見つめられると、次第に彼らが身体に触ろうと手を伸ばしてくる、恐怖で逃げようと体を動かそうとするが、そのまま気を失った。

  翌朝、目を覚ます。
夢だったようだ。
カーテンを開けて朝日を浴びる。
影は完全に消えていた。

  出勤のために、外に出ると同じように影のない人が一人歩いていた。
無意識のうちにその影のない人の後を追う。
すると周りには同じような影のない人々が同じ方向に向かって歩いていることに気がついた。
そうだ、自分だけじゃない。
そう思いって、そのままその方向に向かって歩いていく。


 
  同僚が、失踪した。
最後に姿を見かけた時、同僚は会社とは別の方向に向かって歩いていて、何かがおかしいと感じた瞬間、その姿は、群衆の中に溶け込むように消えてしまい、追いかけることも出来なかった。

その日以降、同僚の姿を見た者は誰もいない。
あの時止めていれば、何か変わったのだろうか……

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