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はじまったときには、もうすでに苦しい。

5月も終わりに近づくと、もう気が気でない。
メンフィス・ジャグバンドの
「ピーチ・イン・スプリングタイム」を聞いていたら、今年も訪れるであろう、桃の季節を思い出して苦しくなった。

とにかく桃が好きすぎるのだ。

桃の季節のはじまりを逃すまいと、
気もそぞろになる。
そうして用心深く、はじまりを予感した時にはもう、いずれ終わってしまうという、逃れようのない事実に、私の胸は、既に苦しい。

江國香織さんの大好きな小説「ホテルカクタス」のなかで、登場人物のひとり、〝数字の2〟が放った、忘れられない言葉がある。
「僕がグレープフルーツジュースを飲むのには理由があるんだ。グレープフルーツなら一年中いつでもあることがわかっているからさ。安心なんだ。これが桃であってごらんよ。秋にはもう飲めなくなってしまう。果物屋に行けば絶対に手に入るものじゃなきゃだめなんだ」

「いつでも手に入る、というところが大事なんだ。きみにはきっとわからないよ。」

桃。

私は一年中、いつでも、桃の季節を思うと
胸を苦しめることができる。
何かひとつくらい、たまらなく胸を焦がすものを、自分のなかに残しておきたい。
それでいてこそ、あの瑞々しく、〝滴る〟としか言いようのない賜物を齧るにふさわしいとさえ思う。

〝数字の2〟のように、ストイックにはなれない。
むしろ、いつでも別れへの情緒を無防備に受け入れるだけの強さを、この先ずっと持ち合わせていたい。

麻佑子

#日記 #エッセイ

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